高らかに響いてたヒールの音が、パタリと止む。

「ちっ」

(出た舌打ち……。あんな佐野さん、男の子達知らないんだろうな……)

「いない……」

(……ここにいること……バレませんように……!!)

「あの森山……デブス……のくせに……!!」

また、ヒールの音が響く。
音は、一瞬大きくなったものの、どんどん遠くなっていき、最後には消えた。

(……直接聞いちゃうのは辛いなぁ……)

例え何となくでも分かっていたとしても。

「んっ……んんー!!!」

(えっ……)

苦しそうな声がしてようやく、私は自分が何をしたのかを思い出した。
今私は、エレベーターホールから完全に死角になりそうな柱の裏に隠れた。

(考えてみれば、私だけ隠れれば良かったはずなのに……!)

「ごめんなさい……!!」

私は、氷室さんも柱の陰に引っ張り込み、高い身長をかがませて、彼の口を私の手で塞いでいた。
急いで氷室さんから離れながら

「ご、ごめんなさい!こんな変なことして……。あ、今の人佐野さんっていう、私の仕事の同僚なんですけど、美人で男性からすっごく人気で……それで……」

取ってつけたようにフォローをしてみるが、これ以上は、どう取り繕ったとしても氷室さんの中で佐野さんへの印象が変わることはないかもしれない。
私の話を聞いてくれている、氷室さんの表情を見て………そう思った。

(あの様子じゃあ……下手するともう今日中には私の悪評を広められるんだろうな……)

明日からのことを、家に帰ってじっくり考えなければならないだろう。
契約書で縛られているから、その期限までの雇用は守ってもらえるだろうが……。

「巻き込んでしまい、すみませんでした。とにかく、これは受け取ってください」

私は1万円を氷室さんに押し付け、逃げようとした。
奢りますから……とかも、今思うと何ておこがましい提案だったのだろう……と、思い出せば出すほど、恥ずかしく、惨めになっていく。
もう、こんな人とは2度と会えないかもしれない。
いい思い出だと、割り切ろう。
これ以上悪い思い出にはしたくない。

「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

と、私が立ち去ろうとしたその時だった。

(えっ……!?)

氷室さんに太すぎる手首を掴まれた私は、そのまま、氷室さんが乗ってきたという車に乗せられて、気がつけばこの喫茶店に連れてこられていた。