40歳88キロの私が、クールな天才医師と最高の溺愛家族を作るまで

突然の出来事に、私はパニックになっていた。
どんどん、氷室樹の顔は近づいてくる。

(息っ、私の息が、かかってしまう……!)

マウスウォッシュは、朝夜の歯磨きで欠かさずしている。
先ほども、トイレで汗を拭くついで、軽く水でうがいはしてきた。
だけど、気になるものは気になる……!
私は息を止めて、氷室樹が離れるのを待つ。
しかし氷室樹は、私の頬に触れた手を、そのまま私の下瞼の下にもっていき、ぺろり、と捲った。

(っ……!!?)

私の顔は、どんどん熱くなっていく。
それに引き換え、氷室樹は冷静沈着。
真横からは、佐野さんの圧も感じる。

(どうして……!?)

と思っている内に、私の息止めも限界にきた。

(く、苦しい……!!早く離れて……!!)

もう、限界だ。
私はくらり、と後ろに倒れそうな感覚がした。
ぷはっと息を天に吐いた。
床にぶつかる……と、痛みを覚悟した。
しかし、そうはならなかった。

「失礼」

氷室樹は、私の腰を支えていた。
倒れないように。
そしてそのまま、私の手をすっと取ったかと思うと、自分も立ち上がり、私も立ち上がらせた。

「氷室さん、どうしましたか?」

イベントスタッフの女性の一人が、慌てた様子で近づいてきた。
周囲の女性達のざわつく声が聞こえる。
佐野さんは……確認するのも怖い。

「催しの最中で申し訳ないが、急患なので、失礼する」

そう言うと、氷室樹はあっという間に会場を後にした。
私を軽やかに連れて。