突然の出来事に、私はパニックになっていた。
どんどん、氷室樹の顔は近づいてくる。

(息っ、私の息が、かかってしまう……!)

マウスウォッシュは、朝夜の歯磨きで欠かさずしている。
先ほども、トイレで汗を拭くついで、軽く水でうがいはしてきた。
だけど、気になるものは気になる……!
私は息を止めて、氷室樹が離れるのを待つ。
しかし氷室樹は、私の頬に触れた手を、そのまま私の下瞼の下にもっていき、ぺろり、と捲った。

(っ……!!?)

私の顔は、どんどん熱くなっていく。
それに引き換え、氷室樹は冷静沈着。
真横からは、佐野さんの圧も感じる。

(どうして……!?)

と思っている内に、私の息止めも限界にきた。

(く、苦しい……!!早く離れて……!!)

もう、限界だ。
私はくらり、と後ろに倒れそうな感覚がした。
ぷはっと息を天に吐いた。
床にぶつかる……と、痛みを覚悟した。
しかし、そうはならなかった。

「失礼」

氷室樹は、私の腰を支えていた。
倒れないように。
そしてそのまま、私の手をすっと取ったかと思うと、自分も立ち上がり、私も立ち上がらせた。

「氷室さん、どうしましたか?」

イベントスタッフの女性の一人が、慌てた様子で近づいてきた。
周囲の女性達のざわつく声が聞こえる。
佐野さんは……確認するのも怖い。

「催しの最中で申し訳ないが、急患なので、失礼する」

そう言うと、氷室樹はあっという間に会場を後にした。
私を軽やかに連れて。