(あの人……婚活の人だったのか……)

この婚活は、医師と出会うがコンセプトだと、立て看板には書いてあった。
つまり、あの人も医師なのだろう。
考えてみたら、テキパキと私の様子を見て、的確な指示を出してくれたので、辻褄はとても合う。
となると、あの時私を助けてくれたのは、親切というよりは仕事だから……と考えるのも、辻褄が合う。
私は、ほんの少しがっかりする……という自分に気づかないふりをした。

佐野さんは、先ほどまで自分に声をかけていた男性のことなど気にも留めない様子で

「あの人が、私の運命の旦那様よ」
「え?お知り合いですか?」
「森山さんは、体と同じで本当に鈍いのね」
「はぁ……そうですか……」
「あの人と、今日恋人になって、婚約者になってみせる……!」
「はあ……」

聞いてもいないのに、佐野さんは上機嫌で話した。
あの人は氷室樹という、ちょっとした界隈では有名なお医者さんとのこと。
最近テレビにもゲスト出演することが多い……らしい。
佐野さんが言うには……そういう男性はS級レベルというランクがつけられるらしく、こういう婚活の場に出てくることは滅多にないらしい。
どうしても氷室さんにお近づきになりたかった佐野さんは、懇意にしているイベント会社に、ちょっとした色目を使って、このパーティーを企画してもらったとのこと。

「あの……そんなこと私に話してもいいんですか?」
「森山さんだからいいんじゃない。絶対に、あの人の好みじゃなさそうだし、私の味方になってくれるし」
「……はあ……そうですか……」

(これ以上は、何も言うまい。殺せ。心を)

つまり、私は氷室さんと佐野さんの運命の出会いを演出するために用意された、佐野さんにとって都合の良い駒、ということ、らしい。

(まあ……所詮この人にとっては、私はその程度だろうし……)

と思いながら、周囲を観察してみた。
皆、綺麗に着飾っている。
笑顔も……たとえ作り笑いだとしても、可愛い。肌も整っている。
何より繊細な服がとても似合う、細さを持っている。
そんな人達の中に紛れ込んだ私は、異質な存在だ。
氷室さんという人は、あっという間にそういう女性陣に囲まれた。
その様子を佐野さんが、じーっと戦略を作る時のような、射抜く目で見つめている。

あんな人なら、すぐに素敵な彼女ができるんだろうな。
もしこれがゲームだったならば、佐野さんのような女性とのカップリングは避けてあげたかったところだが、私にもこれから先の人生を安泰に暮らす権利はある。

ふと、先ほどの出来事を思い出す。
今考えてみたら、少女漫画の出会いのシーンみたいだったな……と純粋に思う。
それを体験しただけでも、私の人生は、悔いなしだろう。

(そうだ。最後にお金渡さないと)

私は1つ目のミッションとして言い渡された「1分PRタイム」の時間で、佐野さんを氷室さんにどうアピールすればいいのかと、どうクリーニング代と飲み物代を渡すかを、必死に考えながら、苦痛な待ち時間をやり過ごした。