その日から、俺は夢を見るたびに、うなされた。

「どうして助けてくれなかったんですか!」
「先生のせいでこの子が死んだんです!」

このように、次々と子供たちの親御さんたちに責められたから。
同僚の医師たちからは、俺のトリアージについて

「あれは仕方がない」
「俺でも見分けがつかない」

と励ましの声をもらった。
ありがたい、と思った。
でも同時に、申し訳ないと思った。
苦しいと思った。
自分がトリアージ係じゃなければ……もしかしたら違った結果になったのではないだろうか、と、何度も考えた。
考えて、うなされて……そして眠れなくなった。

結果、俺は救命救急医として役立たずになり、退職を余儀なくされた。

これは、俺が30歳になったばかりの話。その日から、俺は夢を見るたびに、うなされた。

「どうして助けてくれなかったんですか!」
「先生のせいでこの子が死んだんです!」

このように、次々と子供たちの親御さんたちに責められたから。
同僚の医師たちからは、俺のトリアージについて

「あれは仕方がない」
「俺でも見分けがつかない」

と励ましの声をもらった。
ありがたい、と思った。
でも同時に、申し訳ないと思った。
苦しいと思った。
自分がトリアージ係じゃなければ……もしかしたら違った結果になったのではないだろうか、と、何度も考えた。
考えて、うなされて……そして眠れなくなった。

結果、俺は救命救急医として役立たずになり、退職を余儀なくされた。

これは、俺が30歳になったばかりの話。