「優花…………!!」

樹さんが、息を切らせて走ってきてくれた。
大きいスーツケースを持って。

「心配した。スマホに連絡しても、ちっとも出ないから」
「……ごめんなさい」

私はここで、ようやくスマホの存在を思い出す。
たくさんの着信が残されている。
時刻はもう、19時になっている。

「とにかく、無事で良かった」

樹さんは、私に手を差し伸べてくれた。
私は、その手を取ろうとした。

でも……ごめんなさい。
もっと早く来て欲しいと思った。
どうして早く来てくれなかったのと、思ってしまった。
そうすれば、私はあんなことを知らずに済んだのに。

「樹さん、ごめんなさい」

私は、差し伸べてくれた手を取ることができない。

「私……ダメかもしれない……」
「ダメって……どうしたんだ、一体……」

樹さんは、私が急に泣き出したので狼狽えている。
ごめんなさい。
ちゃんと自分の心をコントロールできずに、ごめんなさい。

「樹さん……」

聞くな、と私の理性が叫ぶ。
でも、聞かなくては、と私の本能が叫ぶ。

「樹さんって……子供……いるんですか?」

それを言った瞬間の樹さんの顔を見て、私は確信してしまった。

樹さんには子供がいる。

それこそが、樹さんが前に私に言っていた彼の秘密なのだと。

(こんな形で……知りたくなかった……)

私の心は、一気に地獄へと突き落とされていた。
佐野さんによって。