私は急いで、周囲を見渡した。
樹さんがここに来たら、洒落にならない。
佐野さんは、樹さんを狙っていたから。
しかし、佐野さんは私の行動には気にも留めずに

「こんなところで一体何をしてるの?」

と聞いてきた。

「旅行ですけど」

とだけ、私は答えた。
誰と、とは言わない。

「そうなの」

佐野さんも聞かない。
佐野さんにとって、私が誰といようがどうでも良いだろうから。
むしろ

「私、ダーリンと一緒にフランスでバカンスに行くのよ」

と自慢をする方が、佐野さんにとってはずっと価値があることだ。
私は、心の耳だけ閉じながら

「そうですか、お元気そうで良かったです」

とにこやかに社交辞令で返した。
佐野さんは、私がさほど悔しがらないので面白くないと思ったのだろう

「森山さんも、食べ歩きでお腹壊さないと良いわね」

などと捨て台詞のように的外れな事を言ってから

「行きましょ」

と去っていった。

「ふう……」

私は無意識に溜め込んでいた息を、思いっきり吐き出しながら

(何でこんなところで会うかなぁ……樹さん見つからなきゃいいけど)

と考えていると、コツコツコツと、ハイヒールの音をいやらしく鳴らしながら佐野さんが戻ってきた。

「な、何か用ですか……?」

私が尋ねると、佐野さんは

「あなたに1つ、感謝しなきゃいけないことがあるのを忘れていたわ」

と、前置きをしてから、私の脳みそに特大爆弾を打ち込んでくれた。