「何言って……」

樹さんを……捨てる?
……誰が?

「そんな人、いないに決まってるじゃないですか」

この人は、選ばれた人だ。
容姿も才能も、神様から選ばれたから、与えられた。
それによって、人から選ばれ続けたし、これからもきっと、選ばれ続けるだろう。
一方で私は、選ばれなかった人。
人を惹きつける才能も、容姿も私にはないから。

人間は、生まれながらにして不平等だ。
世界規模で見れば、私なんかの劣等感はミジンコレベルかもしれない。
それでも、思ってしまう。
氷室樹という存在を、知れば知るほど、
好きになればなるほど……。

「樹さんは、ちゃんと選ばれますよ……わ……」

私以外の人に。
そう、言おうと、唇を動かした。
でも、声が出ない。
息だけが、虚しく洩れた。
その時だった。

「俺が選ばれたいのは、君だよ、優花」

樹さんの声が聞こえたかと思うと、顔を無理やり上げられて、唇を彼の唇で塞がれた。
しょっぱい、涙の味がした。