「……へ?」

(今、看護師さん、氷室先生って言った?)

氷室先生とは、私が知っている氷室樹さんのこと……だろうか?
混乱のせいもあるのか、私の頭はうまく回ってくれない。

「とりあえず先生、呼んできます」

と、看護師さんがカーテンの向こう側に消えようとしたので

「ま、待ってください!」

私は急いで呼び止めた。

「どうしました?」
「あの……私……男の人と一緒にいました……?」
「男の人……?」

(あ、まただ……)

看護師さんが、また何か考え込む。
それから、ほんの10秒程してから

「もしかして……氷室先生の事言ってた?」

と、聞いてきた。
口角がほんの少し上がってる。

「そ……そうです……けど……」

私は答える。すると、看護師さんが急に悪い笑みを浮かべたかと思うと。

「男の人って言われて、他の人いたっけな……と考えてしまいましたよ」

と言った。

「何で……?」
「あの人、俺にとっては男の人ってイメージないので」
「……え?」
「こわ〜い雇い主、なので」

くすくす笑いながら、私の耳に顔を近づけ、小声で囁いてくるので、私も、釣られて笑ってしまった。

とにもかくにも。
氷室樹という人物は、確かに存在していて、私はその人と一緒にいたらしい。
つまり、ここまで起きた事実は、夢などではなかった。
それが確認できて、まずは安心できた。
けれど、そんな安心も、ほんの束の間。

「それにしても、おっかなかったな〜」
「え?」
「先生、めちゃくちゃ怒った顔で、あなた運んできたから」
「……え!?」
「傑作だったわ」

どういう事でしょうか、と聞こうとした時だった

「何してる?」

カーテンの向こう側から、樹さんが現れた。
先ほどまでの服のままで。
樹さんの医者姿を見るのは、実は初めてだったので

(かっこいい……)

と、ときめいてしまった、ものの……。

「吉川くん、ちょっと席……外してくれるかな」
「……はーい……」

(っ!?……めちゃくちゃ怖い……!)

美しい顔の人というのは、表情の効果が一般の顔をした人間よりもより効果的に感情を伝えられるらしい。
樹さんが放つ怒りの感情が、ダイレクトに伝わってきたので、私は今すぐ正座したい欲が芽生えた。

何で樹さんが怒っているのか……。
心当たりは1つしかない……。

「優花」

樹さんが私に話しかけてきたので、それを遮るように

「申し訳ございませんでした!!」

と、勢いよく飛び起きて、全力の土下座をした。