「すみませんでした」

私は急いで立ち去ろうとするが

「加菜子ちゃん、いいじゃん」
「真司くん……」

聞いたこともない声が
母を止めた。
真司と呼ばれた人が
母をちゃん付けで呼ぶよりも
母の名前を加菜子だと
私が知らなかったことが
やっぱりショックだった。

刀馬くんの家だったら
みんなの名前なんて
もちろん知ってるんだろうな。

「加菜子ちゃんの子供だろ?
僕にも挨拶させてよ」
「でも、その子は……」

母が、必死に私を隠したがっていた。
私はそれに気づかない程
のんびり屋さんではない。
私は、走って部屋に戻り
閉じこもった。
それから、ベッドにこもってすぐ
刀馬くんにメッセージを送った。

「今、何してる?」

早く、刀馬くんからの返事が
欲しかった。
早く。早く。
だけど、それよりも早く
私の耳に届いたのは
私と似たような声の
私とは違う人が
あの秘密の時にしか
出さない声と
ベッドが軋む音だけ。

ああ
こんな時の声や音って
響いちゃうんだな……と
私は母親の行為で
知ってしまった。