「どうして、羽奏が
謝るの?」
刀馬くんは
私を抱きしめてくれる。
「怖かった」
「うん」
「お腹の中に赤ちゃんがいて」
「うん」
「でも刀馬くんが私の
お兄ちゃんだって言われて」
「…………うん……」
「私、悪いことしちゃったんだって」
「そんなことない」
「でも、お兄ちゃんとエッチして
子供作るなんて……
ケダモノのすることだって
ネットに書いてあって
それで……それで……」
刀馬くんは私の背中を
撫でてくれた。
私をあやすように。
「どうして、俺に教えてくれなかった?」
「怖かった……
気持ち悪いって言われるのが……」
「何で、俺がそう言うと
思った?」
「普通思うもん……
妹が、お兄ちゃんのこと好きになって
エッチしたいって思うなんて」
「でも、俺たちは知らなかった。
羽奏も、そうだよね」
力一杯頷いた。
「俺たちは予備校で出会った
普通のカップルだ。
そうだろ?」
「でも……」
今は違う。
もう、普通のカップルじゃない。
お互いが知っている。
兄と、妹であるということを。
血が繋がってしまっているということを。
禁忌な関係でありながら
子供まで作ってしまったことを。
「どうしよう。これから……」
「どうもしないよ」
「そんなわけにいかないよ……」
「でも……もうあいつは死んだ」
私の母だった女に殺された。
私の母だった女も死んだ。
「誰も知らない。俺たち以外は」
「そうだけど……でも……」
本当に、それでいいのだろうか。
血が繋がった人間から
生まれた子孫は
将来どこかで
障害をもつかもしれないと
ネットで読んだ。
赤ちゃんには知る権利は
あるかもしれない。
それに……。
「刀馬くんのお母さんに言わなくていいの?」
元はと言えば。
刀馬くんの母親が
あの男なんかの種を選ばなければ
こんな思いをせずに済んだ。
だけど皮肉なことに
そうしなければ
目の前の刀馬くんは
存在しなかっただろう。
そんな、もしもの世界のことなんか
考えたくなかった。
「言わない」
「どうして」
刀馬くんは
理由は言わない。
それはきっと
私と同じことを考えているからだろう。
きっと私と刀馬くんは
引き剥がされて
永遠に会えなくさせられるかもしれないという
そんな予感がずっとあった。
「羽奏」
刀馬くんは
私の左手を
彼の左手で
握ってきた。
お揃いの指輪が
はめられている。
「俺たちは、一生この秘密を
守っていこう」
「本当に、それでいいの?」
私も、覚悟した。
この秘密を守ろうと。
だけど、苦しかった。
辛かった。
いっそ話せてしまえたら
どんなにいいかと
何度も思った。
そんな辛いことを
この人にさせても
いいのだろうか。
「羽奏と赤ちゃんを失う
苦しみに比べたら」
刀馬くんは
笑顔で即答してくれた。
私がこの世で
1番大好きな笑顔。
「ねえ、刀馬くん」
「うん」
「私たち、まだ結婚式してないよね」
「そうだね」
「今、ここでしようか」
この言葉で
私が何をしたいのか
刀馬くんは察してくれた。
そして、欲しかった言葉を
すぐに言ってくれた。
「羽奏は、病める時も
健やかなる時も、俺といてくれる?」
「はい。刀馬くんもいてくれる?」
「はい。……それから……」
刀馬くんは
左手に力を込めてから
こう言った。
「この秘密を
永遠に守ることを誓います」
私も、彼の手を
握り返す。
「私も、永遠に守ることを誓います」
死が、2人を分つ時まで」
それから
数ヶ月ぶりに私たちは
キスをそっと交わしてから
タイミングを見計らったかの様に
泣き出した赤ちゃんのお世話を
2人で協力して行った。
私たちはこうして
秘密という鎖で
固く強く結ばれた。
これが、本当に正しいことなのかは
まだ私も刀馬くんも
わからない。
ねえ神様。
教えてください。
あの2人は
何故死んだのですか。
何故あの2人が死んだ日に
この子が生まれたのですか?
これは、神様からのプレゼントですか?
それとも、禁忌を破った
私への罰ですか?
だけどごめんなさい。
私は禁断の林檎を
我慢できるほど
大人ではありません。
アダムとイブが
かつてそうしたように
私も欲しかったのです。
神様。
どうか、赤ちゃんにだけは
罰を与えないでください。
お願いします。
どうか、お願いします。
そのためなら私は
どんな罰でも受けますから。