私は、怖かった。
いつ、彼が真実を知るのか。
私と彼が
血が繋がった
きょうだいだということ。
今の日本では結婚しては
いけないこと。
子供を作ることは
許されていないこと。
そしてそれを
私が知っていること。
知っていたからこそ
1度は彼との道を
止めようとしたこと。
でも、やっぱり
止められないと
諦めたこと。
1度知ってしまった
甘い彼の味を
本気で忘れられると
思ってた。
忘れるべきだと
思ってた……のに……。
私は、今彼の腕の中で
こんな事を考えている。
どうしてこの人は
私を責めてくれないのだろう。
私たちはまだ若いから
なんで妊娠したんだと
責めてくれた方が
簡単に切ることができたかも
しれないのに、と。
こんな酷い私を
彼が知ったら
今度こそ私は
嫌われるかもしれない。
でも、離れられるかもしれない。
……私は一体
どうしたいんだろう。
結局何をどう考えても
私のお腹の中には
私とこの人の間にできた
赤ちゃんがいるという事実は
変わらないのに。
私がこの人のことを
好きで一緒にいたいという事実は
どうしても変えられないのに。
そして……新しい事実を
このタイミングで知った。
彼が兄で、私が妹だった。
誕生日が、ほんの少し
彼の方が早かったから。
ねえ。神様。
どうして、私だけが
こんなに苦しまないといけないのですか。
あの男の種を使って
刀馬くんを生み出した母親は
私が同じ種から生まれた事を
まだ知らない。
あの男の種を
股開いて受け入れたあの女も
私がまさか
あの男と同じ遺伝子を持つ
男の子と同じ事をして
同じように子供を作った事を
まだ知らない。
知ってるのは。
今はあの人だけ。
刀馬くんと私の繋がりを
唯一知っている、あの男だけ。
ねえ。神様。
私は兄の子を
妊娠しました。
でも、私以外
誰も知りません。
この事実は。
まだ。
もしも、あの男が
この事を知ってしまったら
どうなるのでしょうか。
もしも、あの男が
私が生きる世界から
消えてくれたとしたら……
刀馬くんが兄だという事実を
なかったことに
できるのでしょうか。
赤ちゃんを産んでも
良いのでしょうか。
神様、教えてください。
第3章 終了
体調が落ち着いてから
私は久しぶりに学校に行った。
妊娠したことを伝えるために。
担任からは
「受験前に何やってるの!?」
と怒られた。
別の先生からは
「親御さんに来てもらいましょう」
と言われた。
私は、黙っているしか
できなかった。
彼らが母親だと
考えている人間は
私の前から姿を消して
もうだいぶ経つ。
でも、それを言ったところで
この人たちに
私のことを理解できるとは
思えない。
こういう時は
黙ってるに限る。
そうして長い時間
先生たちと話し合わされた。
退学させられる覚悟も
少しあった。
でも最終的に
校長先生の
「もう授業もほとんどないし
このまま卒業扱いにしましょうか」
という一声のおかげで
私は高校卒業の資格を
手に入れることだけは
決まった。
だけど
他の受験生の邪魔に
なるだろうからと
クラスに顔を出すことは
控える様に言われた。
学校にとっては
妊娠という事実そのものが
そもそも悪という考えなのだろうなと
私は感じた。
けれども私は
学校に対しては
罪悪感はない。
罪悪感を持てるほど
思い入れがないから
なのかもしれないが。
私は結局
刀馬くんの家に
お世話になっていた。
というよりも
彼の母親から
「ずーっとここにいてね」
と言われていたので
出て行くタイミングを
失った……というのが
正しいかもしれない。
出ていったとしても
他に行く場所なんて
おそらく空っぽになった
あの家しかないのだけれど。
結局私は
彼の母親が用意した
パステルカラーの子供部屋に
座らせられ
その対価として
赤ちゃんを産むまでの
安全を手に入れた。
居場所という意味だけだが。
彼の母親は今
ほとんどこの家にいて
私の世話をする。
「赤ちゃんの具合はどう?」
「大丈夫だと思います」
毎日、朝起きる度
挨拶がわりに
赤ちゃんの具合を
確認する。
「お腹はたくさん蹴ってる?」
「あ……はい……」
嘘だ。
ちっとも私の中で
ぴくりとも動かない。
「性別は、女の子なんでしょう?」
「……だと、思いますと言われました」
「ふふ。私女の子を育ててみたかったの」
これも、嘘だ。
私は、結局ほとんど
病院に行くことは
できなかった。
だから、本当の性別は
知らない。
女の子はぎりぎりまで
分からないという
ネットの情報で
どうにか誤魔化している。
彼の母親は
ふわりと良い香りをさせながら
私のお腹にそっと耳をあてる。
「寝てるのね」
「そうですね」
「ふふ。早く会いたいわ」
「……そうですね」
これも、彼の母親が
私に会う度に行う
儀式みたいなもの。
そうして、必ず最後に
この人はこう言う。
「出生前検査
私がお金を出すから
行ってきてくれない?」
と。
出生前検査とは
生まれる前に
何か異常がないかを
調べる検査だと
ネットに書いてあった。
私はこの言葉を
彼の母親に言われる前から
このことを知っていた。
誰よりも
その可能性があることを
知っているから。
だからこそ
私はこの女の人に
怯えるようになった。
無意識にこの人は
感じているのではないかと
思った。
彼と私が
禁忌的な関係であり
この赤ちゃんが
その罰を受ける確率が
高いということを。
「そのうち行きますね」
私は適当な笑顔を作り
誤魔化すことを覚えた。
「約束よ。どんな結果がでても
準備をしていれば大丈夫だから」
この女の人は
圧をかける笑顔で
私の心に呪いをかけ続ける。
血がつながってしまった
私と彼の赤ちゃんには
異常があるかもしれないという……。
私は毎日夜になるにつれて
不安で押しつぶされそうになっていた。
大きくなったお腹は
決して私から離れてくれない。
この子に会えることは
とても楽しみなのに
この子のせいで
秘密がバレるのが
私はとても怖かった。
きっとこの子は
そんな私の気持ちを
臍の緒を通じて
気づいてしまったのだろう。
お腹の中で
決して自分の存在を
教えてくれることを
してくれない。
それはそれで
母親としては
悲しかった。
そんな時
私を慰めてくれるのは
もう、たった1人だけ。
「羽奏。戻ったよ」
「お帰りなさい、刀馬くん」
彼が今日も
予備校から帰ってきた。
彼の受験はもうすぐ本番だ。
授業はほとんど終わっており
あとは過去問をひたすら
解きまくっているとのことだった。
「調子はどう?」
私が聞くと
「俺のことは心配しないで」
と言いながら、私に
彼が今日解いた問題プリントを
私に渡した。
「やっぱり刀馬くんすごいね。
私にはできる自信ないよ」
「大丈夫だよ。コツさえ掴めれば」
「それが、大変なんだよ……」
「羽奏なら、すぐ追いつけるよ」
「私の成績知らないから
そう言うこと言えるんだよ」
唇を尖らせて
不機嫌さを伝える私に
彼はよしよしと頭と
お腹を撫でてから
「じゃあ、始めようか」
と、教師モードになった。