そういえば、かつて1度だけ琴莉の教室に行った時。


「約束守ってくれてありがとう」


そう言って、琴莉の教室から走り去った女子がいたことを思い出した。

それからの記憶が嫌すぎたので、今まで無理やり忘れる努力をしていたのだが。



あの女子については、名前と顔など、ほとんどもう覚えていなかった。

どうにか無理やり思い出す努力をして、1つの記憶を捻り出せた。

確か、その女子は、榎本と毎日一緒にいた。

俺には分からないような話題を、数分ごとにコロコロ変えながら絶え間なく話し続けていて、「どこで呼吸してるんだろう」などとどうでもいい疑問が浮かんだことまで、セットで思い出してしまった。

ふと、そこからの連想記憶で、もう1つ記憶が蘇った。

その女子は、榎本とは別の……琴莉を成敗するとか言いながら、琴莉を追い詰めていた女子とも、比較的仲が良かった。

俺は普段、琴莉の名前をクラスの人間の前では言わなかった。

言う必要もないと思っていたから。


でも唯一、あの日……琴莉に酷いことをしていた時に我慢できなくて責めた時だけ、俺ははっきり言ったんだ。


「琴莉に何をした」


と。


下級生の名簿を逐一チェックをしていない限り、琴莉の名前を知る機会はないだろうし、知ったとしても、俺との関係性に気づけるのは幼稚園時代を知っている人間と、あの出来事に遭遇している人間。


それらを考えた時に、やっぱり引っかかってしまう。

榎本は、幼稚園も違うし、あの場にもいなかった。

自分で調べるか、あの女子たちから情報を聞くしか、恐らく俺と繋がりがある琴莉のことを知ることは……ないのだ。


じゃあ、どうして榎本は躊躇いもせず


「琴莉ちゃん」



と言った?