「そんな人……いるんですね」

「そうなの!琴莉ちゃんの周りには、そんな人いない?」

「……いるわけないじゃないですかーそんな人、近づきたくないです」

「だよねー!もし万が一、松井くんが琴莉ちゃんに近づこうものなら、全力で私が守ってあげるからね!」

「頼もしいです」



私は、田村先輩が語る松井波音という人物のことは、知らないことにした。

むしろ、実際に知らないと言っても過言ではないと思う。

私の記憶の中にいるアイツは、確かにモテていた。

だけど。

金髪でもないし、取っ替え引っ替え女をホテルに連れ込むような人ではない。



……そう。

その松井波音は、きっと私が知っているアイツとは違うのだろう。


アイツの声は、もっと優しくて、明るい。

思い出すだけで、元気になれる。


それに笑顔だって、あんなに刺々しくない。

私よりもずっと可愛い、女の子のような笑顔。



もう、私が知っているアイツは存在しない。

私の脳の中にいるアイツさえいれば、それでいい。

私は、もうアイツには会いたくない。

会うべきではない。

これ以上、私から大好きなアイツを消したくないから。

私は私の中にいる、アイツの声だけを大事にしたい。




それに私には、新しい世界ができた。

放送部という場所に、立川先輩や田村先輩という、私にとって薬以上の存在。

ここがあるおかげで、私の心に深く残った傷に、かさぶたができ始めた。


だから、アイツなんかもういなくても大丈夫に、早くなりたかった。



でも……。