「でも……」


琴莉は、ゆっくりと言葉を続けた。

時折、頭を手で押さえながら。

きっと頭痛がするのだろう。

その痛みを取り去ってやりたい気持ちで、琴莉の頭を撫でてみる。

その瞬間、琴莉の、頭を押さえる手が緩んだ。

少し安心した。


「話し続けられそう?」


俺は尋ねた。

もし辛かったら、続きはまた明日でいい。

だって、俺はもう決めているのだから。


「ううん……大丈夫……」


琴莉はそう言うと、今度は俺の服をそっと掴んだ。


「あのね……みんなが……言ったの……」

「何を?」

「あんたなんか、ナオにふさわしくないって……地味でブスな私は、ナオに近づくなって、何度も言われたの……」


俺は、言葉を返す代わりに、琴莉をさらに強く抱きしめた。


「それに、友達も言うの。私とナオは世界が違うよって。離れた方がいいよって」

「そんなこと」


ないって言う前に、琴莉は「だからね」と、言葉を重ねてきた。



「私なんか、ナオくんに近づいちゃいけないって分かってた。諦めようっていっぱい考えた。考えて……それで考えたの……」

「何を……?」


俺は、琴莉の髪の毛を撫でる。

犬のようなやわらかい毛がとても気持ちよかった。


「ナオくんが、私の名前を呼んでくれる声があれば、私はナオくんの側にいなくても大丈夫だって。ナオくんから、卒業できるって……それなのに……」

「それはつまり、俺がいなくなるって前提の話をしてるんだよな?」


琴莉は、俺の問いかけに頷きも、首を横に振ることもしない。

俺の胸に顔を埋めたまま。


「琴莉……なんで俺たち、もっと早く話さなかったんだろうな」


俺は、琴莉から距離を取れば守れると思った。

でも、俺たちの絆は、離れていても繋がっていると思った。

そんなのは、俺の勝手すぎる思い込みだったわけだけど。


「なあ、琴莉……。俺の見た目が変わったこと、怖かったのか?」


琴莉は、こくりと頷いた。


「俺の距離が変わったことも、怖かったのか?」


また1つ、琴莉は頷いた。


「そっか……そうだよな……」



俺は改めて気付かされた。

自分が二人のために良かれと思ってしたことは、全部琴莉を不安にさせていただけだということに。



「じゃあさ……琴莉……」


俺は、琴莉の背中を優しく撫でながら、耳元に囁いた。


「俺が2度と離れなければ、そんな不安にはならないのか?」

「どういう……意味?」


琴莉の声は、震えていた。



「俺は、もうお前から離れない。覚悟、決めたから」