「琴莉……?」


恐る恐る、声をかけた。

かけないと、いけない気がした。

でも琴莉は、俺を見ることなく、すっと通り抜けていく。

俺が見えていないのか?

声が聞こえていないのか?

そんなことを考えている間に、琴莉はロビーを通り抜け、外に行こうとしていた。

血を垂らし続けたまま、裸足で。


「待て!琴莉!!」


俺は訳もわからないまま、立ち上がり、琴莉の手首を掴んだ。

その手が、氷のように冷たくてびっくりした。

急いでそのまま、琴莉の脈を確認した。

よかった。

脈は、ちゃんと動いてた。

でも、脈動するごとに、香澄からの出血も続く。


「琴莉、おい、どうしたんだよ、琴莉!」


誰か、呼ばないと。

看護師さんを、探さないと。

わかっていても、動けなかった。

琴莉が外へ出ようとするから。

だから俺は、琴莉の手を掴んだまま、そこに立つしかできなかった。

琴莉の足が、血に染まり始めた。

月に照らされた琴莉の顔が、どんどんと青くなっている。

琴莉はずっと、前だけを見ている。


「琴莉!琴莉どうしたんだよ!おい!」


どうして?

こんなに俺が呼んでいるのに。

何で無視をする……!?


「琴莉おい!答えてくれよ!!!」


その時だった。

琴莉が、ゆっくりと俺の方を見た。

琴莉は虚な目に俺を映したままこう言った。


「ナオくんが、いないの……」