琴莉が運ばれた病院は、救命救急の施設がしっかりしているところらしかった。

だからだろうか。

病院のロビーには、いつも誰かしらがいた。

例え、それが深夜だったとしても。

皆、祈っていた。

座りながら必死に手を組む人もいれば。

あちこち歩き回る人も。

何度も繰り返し立ち上がったり座ったりする人も。

スマホで何かを見ようとしても、指を動かさないままの人もいただろうか。

そうして、皆、祈っていたのだろう。

彼らなりの方法で。

彼らの、大事な人の無事を。

俺は、そんな彼らの間に混じり、琴莉のことを想う。

それが、俺の新しい習慣になっていた。


最初は



「いい加減帰りなさい」



と声をかけてくる看護師もいた。

それも一人じゃなくて、何人も。


「もう諦めればいいのに」


そんな風に声をかけてきた看護師もいた気がする。

名前は、知らない。

でも、俺がちっとも言うことを聞かず、ほとんど毎日くるものだから。

そのうち、諦めてくれたのだろう。

もう誰も、俺には声をかけてこなくなった。

いつの間にか、深夜の病院のロビーに、居心地の良さすら覚えるようになった。

俺は、静かに琴莉のことを想うことができるから。

皆、自分たちのことに必死で、俺のことを放っておいてくれるから。

そして今日も俺は、琴莉のことを考えながら、深夜のロビーのソファに座る。

朝が来たら、帰る。

今日も、その繰り返しだと、思っていた。

けれど、今日は違った。


靴を履いていれば、決してしない、ぺたぺたと肉が大理石の廊下から離れるような音。

ぽたりぽたりと、小動物が足跡を残すように落ち続ける鮮血。




「こ……とり……?」





俺の目の前に、琴莉が現れたのだ。

その時の時間は、深夜2時を少し過ぎていた。