「少しは聞こえるんだから、いいでしょう?」


私だけが変わってしまった母の声が囁いてくる。


「あなたはこうして生きているんだから。それだけで十分なのよ」


母は、繰り返し私に言い聞かせる。

あなたは運が良かったのだと。

でなければ助からなかったのだと。

この病室で、何度も繰り返し私の脳に刷り込むように語りかける。


「だけどね、お母さん」


私は何度もそう言おうとしては、止めた。

家族が命を失くしたことで、泣き叫んだ人たちもいた。

そんな人たちの悲しみ、苦しみに比べれば。


聞きづらい

声が違う

ずっと耳鳴りがする

頭が痛い


なんてことは、きっと些細なことなのかもしれない。

だけど。

だけどね。

今の私にとって、音楽を聞くことも、声を聞き分けることも、声を振り返ることも全部全部、生きがいだったんだ。




私は、呼吸はできる。

景色は見える。

手足も、運が良かったのか無事だった。

リハビリさえすれば、スポーツ選手を目指さない限りは問題ない程度の運動機能は取り戻せると聞いた。


だけどね。

もしもそれらが無くなったとしても、たぶん泣いたかもしれないけど。

苦しんだかもしれないけどね。



きっと、今ほどじゃなかったんじゃないかな……。



「お母さん、ごめん」

「え?」

「もう、話さないでくれるかな」




母の当たり前だったはずの声が、どんどん上書きされていく気がした。