「なあ、琴莉。聞こえるか?」


俺は琴莉の手を握りながら、少しでも刺激を与えたくて話しかける。


「最近、またいい曲を作る歌手が現れたんだ。琴莉はきっと好きだと思う。でも、まだ聞かせてあげないから。だって今聞かせたら、お前満足して目を覚ましてくれないかもしれないだろ?」


俺は、自分の額を琴莉の手の甲にこすりつけながらもう1度言う。


「琴莉。お前の声でもう1度俺のことを好きだって言ってくれたら……俺は何だってできる気がするんだ。待ってるから。戻ってこい。な」


反応は、いつものようになかった。

けれど、ほんのかすかに指先がぴくりと動いた気がした。

今はそんなことだけでも十分嬉しいのだ。



窓を見ると、少し暗くなってきた。

そろそろ、琴莉の家族がきてしまう時間。

俺は、まだ会えない。

だから名残惜しいけど、琴莉の手をそっと離す。

次こられるのは2週間後くらい。

それまでにこの手の熱を覚えておきたい。

俺は手のひらをぐっと握りしめてから、琴莉の病室を出た。

そして、入れ違いに看護師さんが琴莉の部屋に入っていく。



これも、いつも通りのルーチン……だった。

でも、この日そのルーチンが崩れる出来事が起きた。


「待ってください!!」


看護師さんが、俺を引き止めた。

何だ?

何が起きた?

俺は、恐る恐る振り返る。

看護師さんの頬は紅くなっていた。

そして、息もたえだえにこう言ったのだ。



「琴莉さん、目覚めましたよ!!」