俺が声をかければ、琴莉が反応する。

たったこれだけなのに、俺の心を占めていた霧がぱあっと晴れていく。

その気持ちよさを知ってしまうと、手放したくなくなる。

でもきっと……これ以上近づけば、するりと琴莉が俺から消えてしまう。

それだけは避けたかった。






だから考えた。






学校では、琴莉にはもう近づかない。

それから、たった1回だけ……声を掛ける理由を1個だけ無理やり作った。

琴莉に「おはよう」と言う。

家にくる女子達には、どうせいつか琴莉という存在が家の隣に住んでいることはバレる。

隣人に挨拶をするのなんて、普通のことだ。

ただ、たまに「なんであの子に挨拶するの?」としつこく聞いてくる女子達もいた。

そんな時は、適当にこう言い訳した。


「親から頼まれて、仕方がなく」


親というワードは、やっぱりこう言う時に強い。


「なら仕方がないね」

「ナオくん優しい」


と、勝手に解釈をしてくれたおかげで、学校でも琴莉が彼女達から攻撃をされる様子は見られなかった。

親には申し訳ないが、これは今の俺にできる、琴莉を守るベターな選択肢だった。