ラインばかり使っていたこともあり、メールアプリを立ち上げるのもご無沙汰だった。

スタンプを押すだけでも会話が成立するため、ラインでのコミュニケーションは俺にとってはすごく気楽だった。

一方、メールにはスタンプ機能がない。

面倒でも、相手に伝えるための文章を考えなくてはならない。

だから、絶対に他の人間のためにメールを使いたいと思うことは、過去1度もなかった。

けれど、放送部はラインではなくメールのみを受け付けるとしっかり書かれている。


どうしよう。

何を書けば良いのか。


昼の放送時に流して欲しい曲名を書いて欲しい。

その曲にまつわるエピソードもあれば記載して欲しいが、なくても構わない。

そして匿名でも問題はない。


これが、放送部が周知しているメールリクエストの内容だった。

琴莉が見る。

確実に。

そう考えるだけで、何を1番に書くべきかちっとも思いつかない。

さらに問題なのが……琴莉だけが見るのであればともかく。

おそらく……いや……ほぼ確実に、他の放送部の人間も見るだろう。

特に琴莉と仲が良いであろう、2年の男も……。

そう考えるだけで、体が震えた。

琴莉がその男を頼り、男が俺のメールを不審がり、削除するかもしれない。

そんなシチュエーションを思い浮かべるだけで吐きそうだった。


でも……。

このメールは、誰にも俺だと気づかれずに、琴莉の心に近づける方法だ。

うまく使いたい。

琴莉にだけは、気づいてもらいたい。

俺は、琴莉を怖がらせたいわけじゃない。

ただ、まずはあの頃と同じように戻りたい。

楽しいことを一緒に体験して、面白いものを一緒に見る。

そして笑い合う。

そんな関係性に。

もちろん、許されるならその先にも進みたい。

触れたい。

頭を撫でたい。

キスしたい。

そして……。


「何を考えてるんだ、俺……」


他の女の裸は、嫌でも見させられても、何も感じなかったし反応もしなかったのに。

今の琴莉の服の中を想像するだけで、俺の中心が興奮で起き上がってしまう。

こんな自分の欲望を、琴莉に見られるのが怖い反面、知って欲しいとも思う。

俺は、こんなに琴莉を求めてる。

同じくらい琴莉にも求めて欲しいんだ。


どんなに考えても。

手放すべきかもと悩んでも。

理性と本能の間で俺は行き来した結果、どうしても琴莉が欲しくて仕方がなくなる。

早くこの腕の中に収めて、今度こそ誰からも傷つけられないように、俺が守りたい。

そんな答えに戻ってしまう。


そう言う関係性なるためにも、このメールは第1歩だと言うのに。


「……何を書けば良いんだ……」


そして、夜が明け朝日が窓から顔を出した頃、ようやくメールを送ることができた。



たった1つ。

あの頃のことを思い出して。

俺はあの頃と何も変わっていない。心だけは。

それを伝えるために考えたメールは、きっとほとんどの人には意味が分からない内容だったろう。




……琴莉と俺が子供の頃大好きで、いつも一緒に歌ってた思い出の曲名だけを書いた、簡素すぎる一文だけ。