俺はそれから、1度だけ昼休みにこっそり放送室を見に行った。

前に見かけた時より、琴莉は放送部の雰囲気に馴染んでいたのだろう。

固い作り笑顔ではなく、心から楽しんでいると言うのが横顔からだけでも読み取れた。

そして近くには、俺よりもずっと琴莉のことを知って浅いくせに、先輩ヅラした2年生の男がいる。

クラスが離れているから、名前は知らない。

俺が知っているのは、あの男が昼の放送の原稿を読んでいると言うことと、ずっと長い付き合いの俺よりも今、琴莉に近い位置にいると言うことだけ。

特に顔が良いわけでもない、地味な男。

でも、昼の放送を聞く限り、あの男はプロのアナウンサーと言われても疑われないであろう、綺麗な日本語で原稿を読んでいる。

琴莉は小さい頃から、音楽や朗読など、耳に関するコンテンツに特に興味を示すことを俺は知っていた。

あの男は、そういう琴莉の興味関心を惹きつけてしまったのかもしれない。

できるなら、今すぐあの2人の間に入り、琴莉を連れて行きたい。

でもそんなことをすればどうなるか……。



「くそっ!!」


俺は、2人を見ていられなくてその場から立ち去った。





もう、琴莉を諦めたほうがいいのか?

手放した方が解放されるのだろうか。

俺の、この胸の痛みからも。





そんなことを、これまで生きていて初めて思ってしまった。