「痛いよ、ナオ」

「あっ……悪い……」


力を入れ過ぎてしまったのだろう。

榎本に謝りながら、俺は手を離した。

榎本は、俺が掴んだ手首を反対の手で撫でながら、俺を睨みつけてきた。



「いいの?ナオ」

「え」

「私に、そんな態度をとっていいと思ってるの?」


その言葉の意味は、きっと聞かなくても俺は分かっている。

いや、違う。

分かってしまった……の方が正しいかもしれない。



「えーどうしたの?ナオくん?」

「やだ、喧嘩?」

「私たちが慰めてあげるから、おいでよ」



女子たちが俺と榎本の間に入り込んできた。



「ちょっとごめん、まだ俺榎本と」


話してる途中なんだ。

そう言おうとしたが、榎本が俺の言葉にこう重ねてきた。



「今ね、みんなとどこに遊びに行こうかってナオが話してたんだよ」

「は?違」


榎本が軽々しく吐いた嘘を否定しようとしたが


「きゃー!!ナオくん!」

「カラオケ行こう!カラオケ!」


と、次から次へと女子たちからのリクエストが飛んできて、結局会話にならなかった。

俺は、適当に女子たちの誘いに相槌を打ちながら、榎本を見た。

榎本は、口元だけで何か言っている。

俺は別に、読唇術が使えるわけではなかったから、確証はなかった。

でもこれだけはわかった。


「こ と り ちゃ ん」


と榎本がつぶやいたことだけは。

俺は、この時から徐々に榎本のことが怖くなっていた。

俺が下手なことをすれば、こいつこそが、琴莉を傷つけるのではないかと。

だから、この時は琴莉と仲が良いという男子の事を聞くのをやめざるを得なかった。

下手にこの話題を掘ったら、榎本が琴莉に何かよくない事をするのではないかと思ったから。



でも、それが後になって間違いだったと気づく。

そういう時は大抵、気づいた時は、取り返しがつかない事態になっていることが多くて……俺はこの判断ミスのせいで琴莉の大事にしているものを生涯奪ってしまう形になってしまったのだ。