顔を上げた琴莉と、目が合う。

はっきりと、自分の顔が琴莉の目に映っているのが見える。

たったそれだけで、俺は嬉しくなる。

それは、琴莉が俺を認識しているという証拠だから。

唾が飲み込まれる音が、ごくんと耳に入る。

それが、どちらのものかは分からない。

でも、そんなかすかな音すら体に響く程、この瞬間俺と琴莉の周りの空気は止まった。

このまま、時間も止まってくれれば良いのに。

そしたら、琴莉の目の中に俺は居続けられるのに。

そう思った時だった。



「何?」



この静かな空間に、侵入してきた声がいた。



「ナオ。どうしたの?」


この頃、俺をナオと呼ぶようになった榎本だった。


またついてきたのか……。



どこに行くにしても、最近榎本が背後からついてくる。

榎本曰く


「ナオは放っておくと敵を作るでしょう?だから私がちゃんとマネジメントしてあげないと」


とのことらしい。

別に俺は、芸能人でもないのに、気がつけば俺のスケジュールを勝手に榎本が決めるようになっていた。


「余計なことをしないでくれ」


と言ったこともあったが、その度に榎本に釘を刺されるのは琴莉の事。


「琴莉ちゃんを守りたいなら、私の言う事、ちゃんと聞かなきゃ」


が榎本の常套句になっていた。

榎本は、俺と琴莉のことを応援していると言った。

そしてきっと、今榎本がいる場所からは琴莉は見えないのだろう。

だから、榎本に言おうと思った。

今、俺は琴莉と話をしようとしている。

だから、放っておいて欲しいと。


「ああ、実は……」


琴莉がいるんだ。


そう言おうとした時だった。


「すみませんでした」


琴莉は早口でそう言いながら、俺の手の中にあったCDを奪い取り、あっという間に走り去った。

まるで、小鳥が宿敵から逃げるような速度で。