琴莉は放送部の一員として活動しているらしい。

琴莉の母親と俺の母親が偶然家の前で話しているのを聞いた。

放送部に入ってから、琴莉の部屋から音楽が深夜まで流れてくるからうるさいのだと、琴莉の母親は愚痴をこぼしていたが、その顔はむしろ安心したかのようだった。

琴莉は、家でも放送部のことばかり話すようになったらしい。

内容のほとんどは放送部の先輩のことばかり。

その先輩に、男がいるのは知っていたから、俺は平静を装いながらその場を立ち去るので精一杯だった。


琴莉の毎日は、今放送部の活動に占められている。

だから、琴莉は毎日放送部のために放送室に通うし、俺はそんな琴莉を一目見たくてエントランスに行ってしまう。

琴莉と一緒に、放送部の先輩とやらが歩いているのを見かける機会が多くなってしまった。

琴莉が、俺以外の男に笑いかけるのを見せつけられ、何度も叫びそうになった。

でも、まだこの時の俺には、その男から琴莉を奪い去るだけの勇気は持てなかった。


もしも、掴んだ俺の手を琴莉が振り払ったら?

そのまま琴莉の手を、そいつが掴んでしまったら?


そんなことを考えるだけで、俺は吐きそうになった。




その後、俺が琴莉の1m以内のスペースに入る事ができたのは少し経ってから。

でも、この日琴莉と会わなければ……もしかしたら琴莉ともっと早く、ちゃんと話ができていたかもしれない。

そんな後悔が残る、数十秒だった。