狗神御殿の(ふもと)。白露神社には、既に大勢のお客様方が集まっていました。

君影様を始めとする雉子亭の皆様、南山の狒々王様とお猿様達、大勢の山犬の皆様。
緋色の毛氈(もうせん)の上に座り、広い境内に咲き誇る冬桜(ふゆざくら)の花を見上げ、酒肴を召し上がっていました。

賑やかで和やかな雰囲気に包まれた境内は、秋の寒気の中でもとても暖かく、桜を愛でる(さま)に、祝い事をする様に、人と物の怪に違いなど無いのだと実感します。

そう考えながらわたしは、新調された白無垢に身を包み、白露神社へ向かって歩んでいました。
帯に懐剣と手鏡を差し、頭に玉簪と、純白の菊花を差して。

わたしの隣を歩くのは、漆黒の紋付袴姿の仁雷さま。そして、仁雷さまとわたしのすぐ後ろを、同じ紋付袴の義嵐さまと、大きな体の狗神様がゆったりと続き、山犬の皆様がわたし達の後ろに長い行列を成します。

「ーーー早苗さん、緊張してる?」

仁雷さまは小声で、わたしの気持ちを案じてくださいます。

「…は、はい少し…。仁雷さ…、
あっ、い、“狗神”様…?」

「“仁雷”でいいよ。
貴女にそう呼ばれるのが、好きなんだ。」

好き。その言葉だけで、わたしは天にまで昇ってしまいそうな心持ちになるのです。

「はい、仁雷さま…。
まだ夢みたいに、頭がふわふわしています…。」

「大丈夫だよ早苗さん。
仁雷はきみの千倍緊張してるからね。」

すぐ後ろから、義嵐さまが楽しそうに、声を(ひそ)めて教えてくださいます。
それに反応する仁雷さまの反応も、すっかり見慣れた光景で。

「…ぎっ、義嵐…!
余計なことを、言うな…!」

わたし達が境内へ到着すると、お客様方は一時歓談を止め、待ち兼ねた嫁入り行列に視線を注ぎます。

本殿を降り、拝殿を過ぎ、行列はお客様の最も目に留まる“舞殿”へと続きました。
わたし達が誓うべきは、新たな狗神様を敬う、“この山に住む皆様”に対してだからです。

仁雷様とわたしは舞殿の中央に並び立ち、まず、北の山犬達に一礼を。東の雉達に一礼を。南の猿達に一礼を。そして、西の先代狗神様に深い一礼を。

それから、わたし達は互いに見つめ合います。
紋付袴姿の、凛々しく美しい仁雷さま。わたしの…旦那様となる方。その首に、もう首輪を思わせる刺青はありません。

仁雷さまが、わたしの化粧顔と白無垢姿を真正面から見るのは初めてのことで、たちまちお顔を朱に染め上げてしまいました。

「!」

その様子があんまりに素直で、可愛らしくて、わたしは失礼にも「ふふ…」と小さく笑ってしまうのです。

「……よ、よく、似合ってる。きれいだ…。」

「仁雷さまも、とてもお似合いです。」

それから、仁雷さまは声を落ち着けて、熱を帯びた瞳で仰るのです。


「早苗さん……その、何かと不束(ふつつか)な俺だが、貴女を永遠に護り続ける。
信じて、どうかそばに居て。」

その言葉の、なんと力強いことでしょう。
彼のことを疑う余地が、たったの一度でもあったでしょうか。

巡礼の旅を経て、わたしはひどく泣き虫になってしまったようでした。
視界がぼやけてしまうのをグッと堪えて、彼の誠意ある誓いに応えます。

「ええ、もちろん。
ずっとずっと信じております。

わたしもまた、命尽きるまで、仁雷さまのおそばにいます。どうか、信じてくださいね。」

「ああ、いつも信じているよ…。」

この方の与えてくださる信頼と愛情に、この先ずっと長い時間をかけて、わたしは応えていきたいのです。


秋の実りを教えてくれる花野風(はなのかぜ)が、わたしの頭に添えられた、真っ白な菊花を優しく揺らすのでした。


〈了〉