【ーーー犬の姿だと一層怖がらせるだけだな。人の姿に合わせておやりよ、仁雷。】
炭色のお犬が、鼻先を上げました。
それにつられるように、わたしはもう一方の…芒色のお犬を見遣ります。
人の姿、と言った意味は、すぐに明らかとなりました。
いつしかわたしの背後に立っていたのは、一人の男の方だったのです。
年の頃は二十歳ほどの、端正なお顔立ち。
忍装束を思わせる、身軽そうな黒い着物。
短い芒色の髪と琥珀色の瞳は、先ほどの山犬のそれと同じ色をしていて、そして首には、刺青らしき黒い紋様が、ぐるりと一周浮かび上がっています。
仁雷。そう呼ばれた男の方は、視線をしっかりとわたしに向けました。
「……っ。」
琥珀の瞳。確かに先ほど、わたしを射すくめた山犬のもの。
認めるほかありませんでした。このお犬達は、姿形を自由に変化させるらしいのです。
蛇に睨まれた蛙とは、やっぱりこんな気持ちなのかしら…。
わたしは、その妖しく光る瞳から、目を逸らせませんでした。
…すると、どうでしょう。
「………っ!」
仁雷さまのほうから、勢いよく視線を逸らされてしまいました。
何やら肩や拳が小さく震えて…様子が普通ではありません…。
「………あ、あの…?」
何か気に障ることをしてしまったのかしら。
喉を詰まらせるわたしに助け舟を出したのは、炭色のほうのお犬が変化した、また別の男の方でした。
「まあ、気にしないでやってくれよ。
仁雷は人見知りなんだ。特に女の子とは喋り慣れてなくてさぁ。」
声のほうへ顔を向ければ、仁雷さまより幾分大柄な男の方が、わたしを高みから見下ろしていました。
同じ黒装束に、炭色の髪と琥珀色の目。お犬の名残が見て取れました。こちらは、首に紋様らしきものはありません。
精悍な顔立ちの仁雷さまとは対照的に、こちらの炭色の方は、優しげな顔立ちに見えます。
にこりと微笑まれれば、恐怖もほんの少しだけ和らいだ気がしました。
「申し遅れたね。
そっちは仁雷。おれは義嵐。
狗神様のお使いで、きみの巡礼のお供を仰せつかった者だ。」
義嵐さまがニカッと笑います。
その歯列からは、お犬の姿の際にも確かにあった、鋭い犬歯がのぞいていました。
なんてこと…。
巡礼。きっとわたしは、自分の常識など及びもしない摩訶不思議で奇想天外な儀式に、否応なく足を踏み入れてしまったのに違いありません。
胸の前でギュッと両手を握り、縋りたい思いで、心の中で必死に祈るのでした。
ーーーあぁ……狗神さま……。