星見さまから、思い詰めた様子で呼び出しを受けたのは、三日後のことでした。

(とこ)の上で、体を起こした状態の星見さま。わたしのほうには目を向けず、庭園の…菊の蕾達を見つめたまま、彼女は仰います。

「ーーー…父様に知らされたわ。
私は後世の“犬居の娘”を産むために必要な存在だから、狗神様には差し出さないって…。

…早苗。やっぱり、あなたに白羽の矢が立ってしまった…。」

その話を聞いた時、わたしは不思議と落ち着いていられました。
気付かれない程度の、長い溜め息を吐きます。

「…良かった…。これでやっと、わたしのお(つと)めを果たせます。」


「…あなたはそれでいいの?
当主の娘なのに下働きなんかさせられて。挙げ句、本家の娘を守るために使い捨てられるのよ…?」

星見さまはわたしから顔を背けたまま、しかし声は微かに震え、遣る瀬無さを堪えています。
それは、名誉であるはずの生贄の存在を否定する言葉でした。

…でもその根底にあるのは、

「……あなたが死んでしまうっていうのに…なぜ私は何もしてやれないの…。」

「………星見さま……。」


こんなに想ってくださる方は、大きな大きな犬居家の中で、星見さま一人だけだわ。
彼女の白い頬をはらはらと零れ落ちる涙だけで、わたしの心は充分満たされました。

「…星見さま。わたし、ずっとこの日が来るのを待っていたのです。
生贄は、わたしの生まれた理由…。それを果たせないまま年を取ってしまったら、亡くなった母に顔向けできませんもの。

…星見さまのお世話が出来て、嬉しうございました。今まで、ありがとうございます…。」

「……早苗…。」

苦し紛れの微笑みは見透かされてしまった…。
星見さまはわたしのほうを振り返ると、その白く長い両腕で、小さなわたしの体を強く強く抱きしめました。

お体はすっかり弱ってしまっているのに、その腕だけはとても熱くて、強いものでした。

「……誰がなんと言おうと、早苗は、私のたった一人の妹よ……。」

「………はい…。」

視界が涙で霞む。

しばし抱擁を交わした後、星見さまは懐から、ある物を取り出して見せてくださいました。

「早苗…、せめてこれを、私の代わりに持っていて…。」

星見さまの手に握られていたのは、貝殻のように丸く縫われた、朱色の小さなお守袋(まもりぶくろ)でした。

「私の母様がくださったの。私が小さい頃からずっと持ってる物。
早苗をどうか、守ってくれますように…って。」

長い間肌身離さず持っていたのでしょう…。色褪せた生地からは、星見さまのお母上と…そして星見さま自身の強い思いを感じました。

「でも、これ…星見さまの大切な物…。」

「私は充分あなたに守られたわ。ありがとう。
だからせめて、私の代わりに…。お願い…。」

その言葉の、何と慈愛に満ちたことでしょう。
わたしは涙が零れ落ちるのを必死に堪えて、お守袋を受け取ります。

そして、また星見さまと抱擁を交わし、わたしは失礼なことと思いながらも、小さな小さな声で呼ばせていただくのでした。

「姉さま…。」


星見さまの仰る通り、やがてわたしにお達しがあることでしょう。

怖がることなんて何もないわ。元よりこの家に、妾の娘の居場所なんて無かったのだから。

わたしももう十三歳(・・・)
立派にお務めを果たせるのか…。いいえ、何としてでも、果たさなければなりませんでした。