空耳だろうか。
「義仲が死んだら、あなたは義仲の首を盗んで款冬姫さまの前で燃やしなさい」
 葵の声が聞こえる。巴は顔をあげて周囲を見回すが、彼女の姿は見当たらない。けれど彼女の声はまだつづいている。
「さすれば、款冬姫さまの呪いは解ける」
 戦装束の巴の前を、義仲が乗る馬が颯爽と駆け抜けていく。
 ……義仲が、死ぬ?
 いまのは諏訪大明神の巫女としての葵の言葉だろうか。
「巴、何ぼさっとしてる。こっちだ!」
 義仲の怒声を受けて巴も自分の愛馬、春風を急がせる。そうだ、まずはここから逃れなければ。
 義仲が戦況を法皇へ報せるよりも、坂東軍の司令官源義経が法皇を守護した方が早かった。勢いを失った義仲軍は賀茂の河原で敵兵と遭遇、大部隊と交戦の後、戦場を離脱、追っ手から逃げるべく、いまは馬を走らせている最中なのだ。