誰もいない?
 さっきまで聞こえていた男たちの野太い声も、走りまわるような猛々しい物音も、いつの間にかやんでいる。
 静まり返った邸の様子に、少女は意を決して歩き出す。
 こうして離れから本殿へ向かうのは何年ぶりのことだろう。
 雪でも降りそうなほどに冷たい晩秋の夜。邸を照らすちいさな篝火の炎は何事もなかったかのように風に揺らめいている。
 物盗りじゃない?
 目を凝らして庭先にある厩舎を見据える。暗闇に白い馬の姿が浮かび上がる。むかしから父が自慢していた名馬は無事のようだ。生粋の物盗りなら父がもつ愛馬の評判を知らないわけがない。売ったらかなりの金になるのだから、狙うとすれば真っ先に馬を盗んでいくはずだ。