寿永三年、元旦。新年を祝う宮廷行事は今上帝と法皇が不自由な生活を強いられていたことからことごとく中止されることとなり、京のひとびとは淋しい正月を迎えることとなった。
 その事態を引き起こした張本人は、小子の膝の上に頭を乗せて眠っている。烏帽子は畳の上に転がり、ひとつに結いあげた義仲の髪は身じろぎをするたび小子をくすぐるように左右に揺れる。
「……眠るとどうして重くなるのかな」
「すこしくらい放っておいてもいいのに。ちょっとやそっと動かしただけで起きるようなたまじゃないわよ」
「ううん。わたしがこのままでいたいの」
 このまま、義仲の体温や寝息を感じていたいの。
 そう口にすると、巴は「あ、そ」と呆れながらも微笑を浮かべ、小子の髪を撫でる。小子の髪からは甘い花の香りがする。お気に入りの匂款冬の香りだという。ほんとうに香を持っていると思わなかった巴は驚き、疑問に思った。