――ちいさくて、なんて愛らしいおなごなんだ。
 それは、小子がまだ藤原北家の姫君、伊子と呼ばれていた頃のこと。
 父、基房が平家と悶着を起こして備前に流される前で、母と幼い弟が傍にいて、女房たちも自分をおそれることなく世話をしていてくれた頃のこと。
 家族で信濃から分社された諏訪神社へお参りに行った時に、小子はその声を聞いた。
「だあれ?」
 ちいさなおなご、は、ここには自分しかいない。きっと小子を呼んだのだろう。だから小子は虚空に向かって声をかける。小子の話しかける声はまわりの人間にしてみれば奇妙なものに映っただろうが、本人はまったく気にしていなかった。
 もう一度、小子は声をあげる。さっきよりもおおきな声で。
「聞こえているよ。小さき子」