いままで間諜であることを隠しながら小子に仕えていたからか、葵はおそろしいほどに饒舌になっている。義仲と巴はこうなることが予想できていたのかふたりして頭をかかえている。
「では、葵と呼ばせてください。山吹はわたしに仕えていたけれど、いまのあなたは義仲にお仕えしているようだから」
 小子が率直に応えると、葵も微笑みを湛えたまま言葉を返す。
「でしたら今日から姫様、あなたが款冬姫ですね」
 葵は悪びれもせず、小子のことを款冬姫、と歌うように口にする。款冬には一説に、山吹の意を持つともいわれていることを思い出し、小子もその偶然を快く受け入れる。
「そうね。わたしは款冬姫。匂款冬のちいさな白き花」
 冬を款いて春を呼ぶ。そう口にした義仲に応えられるよう願いを込めて、小子は新たな二つ名に心を躍らせ、口ずさむ。