「名前を忘れ、邸に幽閉されたまま生かされていた鬼に憑かれた藤原北家の姫、ね」
 小子は興味深そうに見つめてくる女性の前で、硬直している。
 紅袴に幾重もの袿を纏っている小子と違い、薄っぺらい小袖に膝上丈の湯巻、そして申し訳程度に一枚だけ色鮮やかな猩々緋(しょうじょうひ)の袿を羽織った彼女は、いつ雪が降ってもおかしくない陽気だというのに寒がる風でもなく、艶やかな笑みを湛えている。
 いつの間にか義仲の腕に抱かれたまま眠っていたらしい。義仲の腕は、芳しい藺草で編まれた畳になっていた。
 眩しくて瞼を開いた先には、見知らぬ短髪の女性。年齢は小子より上だろうが自分の女房だった山吹と比べれば若く見える。
 小子は瞬きをして、横になったままの姿で女性を見上げ、そんなことを考える。