「比呂美、今までどこにいたのよ」
 和泉らしくない取り乱しに、私こそ「何なの?」と驚いて眼鏡がずり落ちた。
 側には胡内君もいて目を見開いて私を見ていた。
 変な気分だったけど、この教室の雰囲気も何かおかしい。
 後ろで派手に声を上げているのに、誰ひとり振り返らずクラス全体がじっとしたままだ。教壇にいるおしょうも全く動かず不自然だ。
「ちょっと、何でみんな静止してるの?」
 私は確かめるように近くに居た人の肩を突いてみた。やっぱり動かない。
 和泉も胡内君も私の行動を見て、お互い顔を見合わせて目で物を言っているようだ。
「あのね、比呂美。私たちは悪夢の中に閉じ込められたの?」
「悪夢に閉じ込められた? うそ」
「嘘なわけないだろう。すでに自分で動かない先生や生徒をその目で見てるだろう」
 胡内君がぶっきらぼうに言う。
「大志、落ち着いてよ。比呂美も困惑してるんだから、すぐに理解できないだけよ」
 和泉の言う通りだ。本当にわけがわからない。
「だけどさ、こいつがこれをここに飾ったんだろ。そのせいで俺たちはこんなことになってるんじゃないか。腹も立つよ」
 胡内君が後ろの壁を指差した。そして和泉も少し強張った顔になっていた。
「それ手作りマスコットを百円で売っているっていう広告なんだけど」
「それじゃなくて、こっち」
 胡内君がドリームキャッチャーを指差した。
「えっ? それ、私じゃないよ。私が広告貼ったときにはもうすでにそこにあったけど?」
 和泉も胡内君も「えっ!?」って顔をしていた。
「本当の事を言えよ」
 胡内君がまた取り乱すと和泉が手で押さえていた。
「これ、比呂美が飾ったんじゃないの? でもミーシャがそうだって」
「そういえば、放課後に広告を貼ってる時、ミーシャが忘れ物取りに来てた。その時、ちょうど霊の話をしてたから、それもスピチュアルの一種と思って私が飾ったと勘違いしたんだと思う。なんか話がかみ合わない感じがしてたから」
「霊の話って何? その時のこと詳しく教えてくれない?」
 和泉に言われ、ミーシャと話した事を伝えればふたりは興味津々に聞いていた。
「えっ、この学校で自殺があったのか!?」
「大志、だから落ち着いてよ。それは理夢が勝手にそう思っていて比呂美は頼まれて真実か探っていただけでしょ。私が比呂美と話をするから、ちょっと黙っていてくれる?」
 頭のいい和泉は話の筋をちゃんと判って聞いてくれたけど、胡内君は慌てものだ。和泉に強く言われてしゅんとしてしまった。
 静かになったところで私はまた話し出した。
「私も理夢にそんなことを頼まれて不思議だったけど、でもなんかそういう感覚はあるような気がした。ちょうどここに広告を貼っていた時、霊感みたいなものを感じた。そういうことをミーシャに話したんだけど」
「このドリームキャッチャーは比呂美も知らないんだね」
 私は「知らない」と首を横に振る。
「ちょっといいか?」
 大志が和泉の顔色を窺いながら手を挙げた。
 私が「いいよ」と頷いた。
「竹本はここで霊感を感じたんだったらさ、やっぱりこのドリームキャッチャーが原因じゃないのか?」
「わからない。あのとき、微かな風がすっとよぎったような冷たい感覚を一瞬感じただけだった。そういう感覚が学校内を歩いているときたまに感じてたから、これだけが原因じゃないような気がする」
「お前、本当に霊感が強いのか?」
 胡内君はじれったそうに顔をしかめていた。
「だから、大志は黙っていて」
 また和泉が忠告する。胡内君は困ったような顔つきで口がへの字になっていた。
「ところで、比呂美、今までどこで何をしていたの?」
「えっと、保健室で寝てたんだけど」
 授業を堂々とサボった事がちょっと後ろめたい。
「保健室? そこには他に誰かいたの?」
「保健の先生がいたけど……」
「保健の先生はどうしたの!?」
 和泉の声が高くなる。
「普通に話しをして、その後どこかへ行ったみたいだけど?」
「とにかく、この教室を出てからのことを話してくれない? そしてなぜここへ戻ってこれたかも」
「なんでそんな事を聞きたいの?」
 私にとっては和泉のその質問が不思議だった。
 それを察して和泉は黒板前に場所を移動し、図を用いて自分たちに何が起こったか全て教えてくれた。
 その間、胡内君も何か話したそうにしていたけど、和泉はそれを一切させなかった。
 目立ちたがりの胡内君が尻に引かれる様子は珍しく、控えめな和泉がコントロールしているのも珍光景だった。
「でもなぜ私たちだけ動けるんだろう。それに理夢がふたり存在するのも不思議だ」
 全ての話を聞いたあと、私は黒板に書かれた動けるメンバーを見ていた。その時、また冷たい風がすっとよぎっていく。不思議な感覚だった。
「何か気づいたことある?」
 和泉が期待して訊いて来たけど私は首を横に振った。和泉も胡内君もがっがりしてた。
「それじゃ、次、比呂美の事を教えて。もしかしたらそこにヒントがあるかもしれない」
 和泉はまた期待しているけど、保健室では寝てただけだ。
 それでも私はことの発端から話し始めた。
 ふたりは真剣になって話を聞いていた。それもまた奇妙な光景だ。私はいつもクラスではつまはじきで、まともに話を聞いてくれる人たちなんてあまりいないからふたりの食いついて来る態度に少し怯んだ。

 昼休みが終わる頃、図書室にいた私は急いで教室に戻った。
 席に着こうとすれば、机の上の切り刻まれた無残な姿のマスコット人形にギョッとした。
 鞄につけていた私の力作だ。
 それを見たとき、久保田美佐が意地悪く笑っているのが目に入った。
 ミーシャは私を庇ってくれたけど、証拠がなかったので久保田美佐に言い返せず、黙ってそれらを処分した。
 悔しさで涙目になりながら授業を必死に受けていた。

 私はフエルトや布のあまりで小物を作るのが好きだった。
 近所の動物病院に、定期検査に飼っている犬を連れて行ったとき、鞄についた手作りマスコットを見た受付のお姉さんが「それ自分で作ったの? 上手いね」と褒めてくれた。
 社交辞令だったかもしれないけど、それが嬉しくて私は有頂天になってそのお姉さんと話をしているとチラシを手渡された。
「比呂美ちゃん、今度ね、バザールがあるんだ。猫の救助活動している人たちが主催していて、猫の里親探す傍らで、手作りの猫グッズやクッキーとか売って資金を集めてるんだ。比呂美ちゃんもよかったら見に来ない?」
「いくいく」
 ノリで安易に返事してしまった。
 猫を飼う予定がないけど約束した以上、その催しには顔を出した。
 公園の野外でお祭りのように賑やかに人が集まっていて、そこには飼い主を待っている猫が何匹かケージに入れられていた。
 飼い主が決まらない猫たちを見てると悲しく、早く見つかればいいと願わずにはいられない。
 少しだけ猫たちを相手した後、猫の声を聞きながら商品が並べられているテーブルに目をやった。
 その中に私が作るような手作りのマスコット人形がある。
 あんな風に売って資金を集めるのかと感心しているうちに、私もここにいる猫を救いたい一心から手伝いたくなってきた。
 自分が作ったものを誰かが買ってくれて、その収益で猫を助ける。
 それがとてもかっこよく感じてしまい、一度そう思うとスイッチが入ったように行動を起こさずにはいられない。夢中になるとそれしか見えないのが私の癖だ。
 私の抱いた気持ちはそれが役立つことと信じてならなかった。
 動物病院のお姉さんにその事を話したら喜んでくれて、自分が作った数個のマスコットを預かって団体に渡してくれると言う。
「十円とかで売ってもかまいません。少しでもお役に立てば嬉しいです」
「値段は向こうが決めると思う。でもこれならもっと高く売れそうよ」
 例えそれがお世辞でも、にこっと笑って言ってくれたのがとても嬉しかった。
 その後、受付のお姉さんが知らせてくれたけど、それらは本当に売れたらしく私は益々舞い上がった。
 もしかしたら自分の作品は上手いのかもしれない。そう思うと自分でも売ってみたくなりだした。
 一度興味が湧いてしまうと、私は周りのことも考えずに突っ走ってしまう。思い込んだらそれを信じて自分の価値観を人に押し付けてしまうのだ。
 そこがみんなからおかしいと思われるところだと思う。
 自分でも人と違うと思うことはたくさんあった。
 なぜ自分はいつも人から嫌われてしまうんだろう。ただ自分の感じる感覚を伝えたいだけなのに、その感覚を理解できない人たちには目障りに映ってしまう。
 その人の役に立ちたいし、霊感で邪悪なものから助けてあげたいのに、一生懸命になればなるほど鬱陶しいと思われた。

 久保田美佐はそんな私が大嫌いだった。
 そういうのは私だって見ていてわかる。だから避けていたのに、向こうだって無視していたらいいだけじゃないか。それなのに露骨に意地悪をされた。
 ひとりだと何もできないのに、気の強い者同士で集まっていると気が大きくなってエスカレートする。
 あれはただのからかいにしか過ぎず、あいつらにとっては虐めの認識がないに違いない。
 久保田美佐も気に入らないと気持ちが抑えられず、衝動的に行動するタイプだと私は思っていた。
 きつい性格は生まれ持ってのものだ。言ったところで解決にはならない。
 でもひとつ私の心を癒してくれたのはミーシャだった。庇ってくれたことはとても嬉しかった。
 だからあのコンパクトミラーをミーシャにあげた。それをミーシャの机の上に手紙と一緒に置いてから、六時間目が始まる前、保健室に行った。
 少し横になって眠りたかった。嫌な事があったときは静かな場所でじっとして目を瞑っていたい。そうしているうちに回復する。まるで充電するようなものだった。
「もし嫌な事があってどうしても我慢ができなかったら、授業をサボって保健室で寝ろ。心が疲れたときは無理をするな」
 おしょうがそういってくれた。
 私だけじゃなく、学校に馴染めない生徒や問題を抱えている生徒には逃げる場所を作ってくれた。
 眠たかったというのも多少はあったかもしれないけど、保健室のベッドで静かに横になっているのは特別な感じがしてとても気分が安らいだ。
 そのうちうとうとして浅い眠りについていた。
 誰かが近づいてくる気配がして、はっとして目を覚ませばぼんやりと白衣を着た女性の姿が目に入った。
 保健の先生だ。眼鏡をかけてなかったのではっきりと見えなかったけど、ぼやけたビジョンの中私に向かって優しく微笑んでいたように思う。
「気分はどう?」
「はい、よくなりました」
「それはよかったわ」
 先生は何かいいたそうに深く私を見ていた。沈黙が続いたので自ら口を開いた。
「……あの、教室にそろそろ戻ります」
「まだゆっくりしていていいわよ。その間、少しお話しましょうか」
 先生はキャスター付きの丸椅子を持ってきて腰掛けた。何を話すんだろうと私も身を起こした。
「えっと、あなたは霊感があると思っているわね」
「は、はい」
 いきなりそんな事を言われて私は驚いてしまった。
「私も同じような感覚があるの。でも大人になって思ったの、それは脳のセンサーが過剰に働いているのかもしれないって」
「脳がおかしいってことですか? その、あの、普通じゃないっていう意味で」
 それを言えば先生もおかしいということになるので、私は慌てて言い繕う。
「そうね。でも言い換えれば、生まれもっての機能、勘がするどいってことよ。決して悪いことじゃないわ、けど……」
 先生は考え込んだ。
「けどなんですか?」
「あのね、時には自分でコントロールしないといけないの」
「どうやって?」
「それを口にしていいことなのか、話す前に考えるの。むやみになんでも話しちゃだめってこと」
 私はいたたまれずにシーツを握ってしまった。恥ずかしさがこみ上げる。
「はい。わかりました」
「あら、案外と素直だったのね」
 先生は指で目頭に触れ、眼鏡を軽く整えていた。まるで泣いているようだ。
「どうかしましたか?」
「いえ、あなたがいじらしくてかわいいなって思うと感動しちゃった」
 結構涙もろそうだ。
「今は辛いと思う事があるかもしれない。でも、あなたなら大丈夫。中学なんてあっという間に終わるし、次、高校もあっという間よ。そして十代もあっという間。そのうち好きな人と出会って結婚するのよ」
「そんな、まだまだ先のことでぴんと来ません」
「だから、今を大切にしなさいってこと。いずれ過ぎ去っていくんだから」
「でも辛いことも多くて」
「多いほどそういうのは後で役に立つのよ。そしてプラスのエネルギーに必ず変わる。だから辛い思いもあった方がいいの。辛いことに出会ったらこんにちはって迎えちゃえばいい。未来で待ってるあなたはすでにそれを乗り越えているのよ」
 おしょうも同じようなことを言っていた。
「そう上手くいくといいんですけど、私って人と違って変わり者だから」
 反発じゃないけど、愚痴ってしまった。
 先生は私に急に抱きついてきた。つい強張ってしまったけど、耳元で囁く先生の言葉が私の気持ちをほぐした。
「大丈夫、大丈夫よ」
 最後にぎゅっと力が入ったところで、私を解放する。そしてゆっくりとベッドから離れていった。
「それじゃ、またね」
 用事があるのか、先生は保健室から出て行こうとしている。
「あっ、先生」
 私は眼鏡を手にしてかけたとき、先生はすでに去ったあとだった。
 あまりよく知らない保健の先生だけど、私は先生の事が好きになっていた。
 『大丈夫、大丈夫よ』といわれた言葉がいつまでも耳に残る。
 おまじないをかけてもらったみたいで、ふわっと体が軽くなった。
 十分気持ちが落ち着き、私は気持ちを改め教室に戻ろうと弾みよくベッドから起き上がっていた。

 上手く状況を伝えられたかわからないけど、和泉は聞き終わった後も考え込んでいた。
「その保健の先生はどこに行ったの? 先生もこの悪夢の中で動けるのかな」
「わからないわ。もう一度保健室に行ってみてこようか?」
 私は保健の先生を探しに小走りでドアへ向かったら、和泉も胡内君も「あっ!」と突然大きな声を出した。
「えっ、何?」
「だから、教室から出たら消えちゃうって」
 和泉が叫んだ。
「でも私は保健室からここまで帰ってこれたんだよ」
「でもさ、佐野もこの教室には入ってこれたけど、出たら消えたんだぜ。だからそのドアがどこでもドアみたいにどこかと繋がってるんじゃないだろうか」
 胡内君が言った。
「前のドアがどこでもドアになってるのなら、後ろは違うんじゃないの? だから比呂美は後ろのドアから入ってこれた?」
 和泉は教室の後ろのドアを見ていた。同じように見つめれば、相変わらず動かない生徒たちの様子が奇妙に見えた。
「じゃあ、後ろから出てみる」
 私が言うと、和泉も胡内君も浮かない顔をしていた。
「だけどもし、そうじゃなかったら」
 和泉は心配して渋った顔をしていた。
「でもさ、ここで何もしなかったら前には進めないでしょ。保健の先生が動けるんだったら一緒に行動したほうがいいと思う」
 ふたりは答えに困っているけど、私は後ろへと足を向けた。ふたりもあたふたしながらついてきた。
 入ってきた時ふたりが驚いたから閉める暇もなく、ドアはさきほどからずっと開いたままだ。
「それじゃ出るよ」
 勢いつけて私はドアをくぐった。後ろから「あっ」という感嘆が聞こえた。そして私は廊下から背後を振り返った。
「あれ?」
 胡内君が私と目が合った。どうやら私は消えてないようだ。
 もう一度教室に戻れば、ふたりは困惑していた。
「なんだ、やっぱり前のドアだけがどこでもドアだったんだ」
 緊張感がとけた胡内君は同じように後ろのドアから廊下へと出て行く。
「一体この世界はどんな法則があるのかわからないけどさ……」
 そういいながら、突然胡内君が視界から消えた。
「えっ、なんで」
 和泉も私も驚きすぎて目が飛び出そうになっていた。
 ひょっとしてと思い、私ももう一度廊下に出てみた。
 和泉が私と目があったところを見るとやっぱり私は消えてない。
 教室に戻り、私は和泉と向かい合った。
「なぜ、比呂美はこの教室を行き来できるの?」
 和泉が答えを知りたいと訊くけど、私にだって全然分からない。でも可能性として私は違いを言ってみた。
「最初からこの教室にいなかったから? 保健室で寝てたから? 保健の先生と会って話をしたから? 違いがあるとしたらこれぐらいよ」
「保健室が何かの作用を働いてるのかな。その保健の先生だけど、えっと確か川西(かわにし)先生って名前だっけ? 化粧が濃くて髪がロングのストレートで、まさに女医って感じのイメージの人」
「眼鏡かけてなかったから化粧が濃いまではわからなかった。髪の毛そんなに長かったかな。今はちょっと切って肩ぐらいまでだったと思う。女医っていうより、そこらへんにいる優しそうな感じの人だった。私と同じように眼鏡かけてたよ」
「あれ? 保健の先生眼鏡かけてたっけ。よく考えたらじっくり見た事がないから他の先生と混同してるわ」
 お互いよく知らない先生だから、情報があやふやだった。
「だけど、先生に会ったからといって私だけが行き来できるっていうのもあんまりしっくり来ない。他に何か違いがあるはず……」
 なぜこんなことになっているのか、私なら分かるはずだ。思い当たることがあるじゃないか。
 保健の先生に会ってから、妙に気持ちが落ち着いて自分の中のこんがらがっていた糸がほぐれていく感じになった。
 嫌いだった自分だけど、先生の言った通りに自分をコントロールすることで向き合えそうな気が確かにした。
 大丈夫って言葉が耳に心地よく今も残って、自分もそれを信じようとしている。
 自分は変われそうな新しい気持ち広がった。
 だから意地悪されても気にしないようにと思って教室に戻ってきたんだ。
「あのね、和泉、もしかしたら自分を変えようとか自分と向き合うことも関係あるんじゃないかな」
「自分を変える?」
「そう。保健の先生に会ったときに、助言してもらってそれで気分が楽になったの。自分を許せるというのか、辛い事を受け入れるというのか、上手く説明できないけど自分に対する気持ちがちょっと変わったの」
 和泉なら私の言いたい事をわかってくれるかもしれない。
「その保健の先生が直接な原因じゃなくて、自分自身の考え方の変化によるってこと?」
「うん、そんな感じ」
「そんなのどうやって考え方を変えればいいの?」
「わかんないけど、この悪夢の世界で自分が変わるような事を体験すればいいってことじゃないかな」
 今はそれくらいしか考えられなかった。
 私だけがこの教室に戻ってきた意味。またはっとして閃いた。
 もしかしたら私は元の世界に帰る準備ができてるんじゃないだろうか。だからこの教室にもすんなり入ってこれた。
 そしたらどうすれば戻れるのだろう。
 動かなくなったクラスを見ていたその時、パッと閃いた。
「和泉、ちょっと見てて」
「何するつもり?」
 私は自分の席に行き、椅子を引いた。
「多分、私はもう元の世界に戻れるんだと思う。座った時私が動かなかったら、戻ってることになる」
「ちょっと待って、比呂美」
 和泉は心配で駆けつけてきたけど、私はもう座る覚悟でいた。
「もし座った後、私が動かなかったら、それはさっき言った仮説が正しいことだから」
 私は今から自分を信じて未来へ向かう。そう思いながら椅子に腰を掛けた――。