喉が干上がっていたからありがたい。
 だけどちょっと乱暴過ぎない?
 そんな休憩も無しに飲み口を突っ込まれ続けると苦しいというか、追いつかないというか……あべばぼばばばばば、溺れる。

「ごほっ、ごほっ!!」
「飲み干したな」

 口端から数滴の水はこぼれたものの、なんとか中身をすべて飲み干すことができた。
 結構……いや、かなり苦しかったんだけど。クリアは悪びれる様子もなく自分の手に滴っていた水滴を拭き取っている。

 にしても変な味がしたな、今の水。
 苦いような甘いような、子どもの薬みたいな後味が舌に残っている。

「げほっ……はあ、やっと息が、でけた。……っえ、あれ? おれ、しゃべれてる?」

 喉元を押さえながら何度か咳き込むことしばし、口を開くとたどたどしいながらも言葉がぱっと出た。

「薬が効いたようだな。話せるか話せないか半々だったが……まあまあ話せている。私の言葉は理解できるか?」
「んえ? うん」
「そうか」

 クリアはじっとこちらを観察してくる。
 もうそれ睨んでない? ってくらいに鋭い眼光を浴びせられるので、起きたばかりの俺は簡単に怯んでしまう。

「……あの奴隷商人によれば、お前は別の奴隷商人から譲られた奴隷だと聞いている。語尾の発音からすると、お前は隣国、アドラ皇国から来たのか?」
「……アドラ、こうこく?」

 クリアに問われ、新たに気がついた。
 俺には奴隷になる以前の記憶すらもあまりないということに。

 自分が貴族だったことは覚えている。
 家名も、その時の名前も分からないが、両親の死がきっかけで家が没落し、最終的には義父母に奴隷として売りに出されたことも。

 だが、自分の生まれた場所がそのアドラ皇国とやらなのかは思い出せない。

「……分からないのか。無理もない。主従契約の際あれほど苦痛にもがいていたんだ。記憶の一つや二つ抜け落ちていても不思議じゃない」

 それについてはよく知らんけど、そういうもんなの?
 たしかに今まで見てきた奴隷と主人になる者との主従契約に比べれば、俺のは相当異常だったけど。

 あれはおそらく、前世の記憶を思い出した影響なんじゃないのか?
 前世の記憶で『マジカル・ハーツ』については思い出せたけど、その衝撃で今世の自分のことをほとんど忘れてしまったということ?
 ……ええ。それじゃあまるで記憶の等価交換じゃん。ううん、上手くないな今の例えは。


「アドラ訛りはあるが、言葉を理解できるならばお嬢様もお前との疎通がやりやすいだろう」
「おじょーさま?」

 俺の言葉が妙に舌っ足らずで未熟なのは、奴隷時代にあまり話せていなかったせいだろうか。
 言葉は理解しているのに、口から出すと滑らかさにかけ片言になってしまう。

「そうだ。こちらにいらっしゃるお方が、クリスティーナお嬢様。奴隷であったお前を買ったのは、この方だ」
「……おじょーさま、なぜねる?」

 今のは、なぜ眠っていると言った。

「お前が主従契約で尋常ではないほど苦しみ倒れたからだ。ご自分の責任だと胸を傷め、こうしてお前が目覚めるまで片時も離れようとしなかった」

 ええ、たぶんクリスティーナのせいじゃないのにな。それは申し訳ないことをした。と言っても俺は意識を失っていたからどうすることも出来なかったんだけど。

「……おじょーさま、やさしい。かんしゃ」
「言葉は理解できるとはいえ、やはりお前の話し方はお粗末だな」 

 ありがとう、とお礼を言ったつもりなのだが、なんか違う。クリアにも微妙な顔をされてしまった。
 俺だってこんな間の抜けた話し方は嫌だが、言いたいことと実際に言っていることが合わないのだから仕方がない。

「……んん、クリア……?」

 と、その時。
 クリスティーナが居眠りから目覚めた。