第三騎士団の大食堂にて雑用と芋剥き作業に打ち込むこと、はや四日が過ぎた。
 エドリックも一緒だということに初めは不安を抱いたが、数日が過ぎればそれなりに慣れてくる。
 最初は俺を嫌厭していた本邸の使用人たちも、大食堂へ向かう道すがら挨拶をすれば、普通に返してくれるくらいには態度も普通になっていた。
 とはいえ、あまり関わりたくなさそうなのは相変わらずだけど。

「リンゴ」
「ゴーレム」
「ムカデ」
「デートリッヒ」
「……デッ、なにそれ?」
「デートリッヒはデートリッヒだろうが」
「いや、知らないし」

 聞いたことがない言葉に聞き返すものの、エドリックにそんなことも知らないのかと鼻で笑われる。
 教えてはくれないようだ。意地クソ悪い。慣れたけど。

「うーん、しりとりも飽きてきたなぁ」
「おまえがやり始めたんじゃないか!」
「だってずっと無言なのもお互いしんどいだろうし。少しは気も紛れるじゃん」
「だまれよ。処罰をなんだと思ってるんだ」

 それはそうなんだが。
 もちろんサボっているわけではなく、手元はずっと動いている。四日も経てば皮剥きにもだいぶ慣れてきて、一個を剥き終わるペースも早まったものだ。

「きみら、仲良いよね……。さっきからずっと同じ会話を繰り返して。結局またしりとりしてる……」
「仲良くはない」
「シーモヌー! 誰と誰が仲良いって!? ふざけんな!」
「……うーん、そう」

 調理場ではシモヌーが一人でせっせと何かを作っていた。
 他の料理人たちは、皆出払っている。
 本邸と違い訓練所の厨房は、決まった時間のみ料理人がやって来て調理を行うため、ずっと人が密集しているわけではない。
 昼食の下ごしらえも終わっているようだし、あと二時間は人もあまり来ないだろう。
 朝の繁忙時間中は皿洗いに追われていたが、それを過ぎると本当に静かなものだ。
 現に厨房には今、俺とエドリックとシモヌーしかいない。
 シモヌーはこの時間帯の見張り番も任されているようだけど。

「シモヌー、さっきからなに作ってんの?」
「二人のまかない」
「ここずっと残り物だったのに、今日はシモヌーが作ってくれるんだ」
「まあ……余りが出るのって稀だから。普段は当番で作る感じ」
「へぇー」

 ちなみに「シモヌー」とは、シーモヌーが言いづらいので、俺が昨日から呼んでいる彼のあだ名である。
 本人は呼ばれ方にこだわりがなく、どっちでもいいそうだ。

 コックもそれ以外の見習いコックも、賄いを食べる時はだいたい本邸の厨房に集まっている。
 シモヌーのように見張り番などで集まれないときは、各自で作っていた。

「……ん、できた」

 一旦手を止めてシモヌーの賄いを食べることになった。
 隅のテーブルを三人で囲む。
 俺の目の前がシモヌー、その隣にエドリックが座った。
 湯気が立つ皿をのぞき込む。
 今日の賄いは、山菜とキノコたっぷり燕麦のリゾットだった。

「うまっ……」

 一口食べたら程よい香料の味が広がる。
 具材にもマッチしていて驚くほど美味しかった。

「シモヌーって凄いな。こんな美味しいもの作れて」
「ただのリゾットだけど……まあ、口に合ったならよかった」

 口元を緩ませ、シモヌーは自分の器にあるリゾットをスプーンで掬った。
 年齢は十二歳と少し歳上だが、その年齢にしては落ち着き払っているというかなんというか。知り合ったばかりでも気を張らないで接せる空気感は凄いと思う。

「って、どうしてオレがおまえと一緒に朝飯を食べないといけないんだ!!」

 シモヌーの横でぷるぷると肩を震わせていたエドリックが、ついに文句を言い始めた。

「一緒に食べるくらいなんだよ。減るもんじゃないし」
「オレはおまえが嫌いなんだよ! 嫌いなやつと食べたいと思うか!?」
「そんなこと言ったら俺だって嫌だよ。でも、またこんなことで言い合っても仕方ないじゃないか」
「……ぐっ、そ、それは」

 俺はもう開き直ったのだ。クリスティーナお嬢様に対する侮辱は許さないが、節度をわきまえようと決めた。

「エド……食事中に大きな声出さない。あと、乱暴に椅子から立たないで……埃が入る」
「うっ、ぐぐ」
「そうそう。せっかく美味しく食べてるんだから、味わおう」
「〜〜!!」

 また睨まれた。俺がなにを言ってもこれなのだ。もう逆に可愛く思えてきたよこの反応。
 それにどういうわけか、あの日以来エドリックは俺を「元奴隷」と呼ばなくなった。
 名前を呼ばれたこともないが、元奴隷と呼ばれ続けるぐらいなら一生「おまえ」でいい。

「この調子じゃエドの猫被りは屋敷のみんなに知られたね……まあ、もともと上手くはなかったけどさ」
「うるさいシーモヌー!」

 エドリックとシモヌーは気心の知れた仲なのだろうか。昨日も思ったが随分と親しげだ。

「シモヌーとエドリックはずっとこの屋敷で働いてるの?」
「僕は……そうかな。父さんが料理長だし、伝で入れてもらった……エドは……」

 シモヌーはエドリックのほうを見る。
 何を言うでもなく、エドリックは不機嫌そうにふんっとそっぽを向いた。

「エドは……元々は別の屋敷の従僕だったんだ。それで、経験を積んでからエムロイディーテ侯爵家の使用人なった……だよね?」
「シーモヌー! どうしておまえは全部言うんだよ!」

 それは思った。結局本人の許可なしに言ったねシモヌー。

「だってエド……いつもよりちょっと態度悪いよ。元々意地っ張りだけど……なんか、うるさい」
「ふんっ!!」

 エドリックはリゾットの入った器を手にすると、体をシモヌーから背けて食べ始めた。
 シモヌーはやれやれと顔を左右に動かして、俺のほうを見据える。

「ニアは……えーと、奴隷だったっけ」
「え、あ、ああ……うん、そう」
「だからちょっと痩せ気味なんだ……体が小さいから、最初見たときは女の子っぽいと思ったんだけど……話してみたらそうでもないし、なんか不思議だよね……」

 いや、シモヌーのほうがひっくるめて不思議だよ。
 他の使用人たちは元奴隷の俺と距離を取るのに、シモヌーは自分のペースを崩そうとしないし。

「あ……ごめん、奴隷だったとか、本人にあんま言っちゃまずかった……?」
「いや、そんなことないよ。むしろそんな感じで面と向かって言われるの、なんか新鮮だ。シモヌーこそいいの? 最初っから俺と普通に話してたけど」

 思えば、ジョセさんもそうだった。
 似てないと思っていたが、そういうところは同じだと可笑しく思う。

「えー……さあ、僕はべつに……なんとも。シモヌーって呼ばれ方されたの初めてだから、それはちょっと新鮮」
「あははは、そっか」
「うん、そう」

 シモヌーいいなぁ、話してると楽で。

「けっ!!」
「……エド、食べ終わったの?」
「とっくに終わった! ちっ、美味かった!!」

 騒々しく椅子から立ったエドリックは、一足先に洗い場へと向かった。
 俺とシモヌーは、その後ろ姿を何気なく追う。

「まあ……エドってあんな感じだけど、根が悪いっていうわけじゃないよ、うるさいけど」
「俺のことは嫌いみたいだけどね」
「うーん……きみが嫌いというより、奴隷ってところに引っかかってるんじゃないかな……僕もよく知らないけど、エドは昔、奴隷に酷いことされたらしいから……」
「……」
「だからって、ニアに八つ当たりするのは違うと思うけど……まあ、心の問題だね。むずかしい」

 シモヌーはさらりと口走っているが、それって俺に言って良かったのだろうか。
 心配になって凝視すると、シモヌーは数秒遅れて「あ……」と声をこぼした。

「今の、言ったらエドに怒られるやつだった……ニア、忘れて」
「おおう……」

 呆気に取られていると、外に続く厨房の扉が開いた。

「おう、お前ら! 仲良くやってるかぁ?」

 顔を出したのは、ジョセさんだった。