クリアから地図を手渡されたときに言われたことを思い出す。
『×印が付いた場所は、絶対に立ち入るな』
地図上に印がついた箇所は、全部で三箇所だった。
騎士団ゾーンにある魔法転送塔と、訓練所の森、そしてこの花園その1。
花園その2にいたはずが、俺はいつの間にかその1に入ってしまっていたのだ。
……まずい、まずいまずいまずい!
早くこの場所から離れないと非常にまずい!
何がまずいって、ここは本邸に住む侯爵家の人間がよく立ち入っているらしい花園なのだ。
いつどこで鉢合わせするかわかったもんじゃない。
「で、出口……! そうだ、来た道を行けば!」
冷や汗を背中に感じながら、素早く踵を返す。
落ち着いて行けば迷うことはない……はずなのに、一向に出口にたどり着かない。
「もうこんなの迷路じゃん!」
複雑に入り組んだ道を、半泣きになりながらさまよい続ける。
左、右、左、左……と、曲がっていれば、小さな広場のような場所に出た。
「ここは……?」
青々と茂る芝生の上に立つ。
それほど大きくはない植木が一本。広場にあるのはそれだけだった。
「ひっく……ひっく」
さわりと流れる風に乗って、かすかな声が聞こえた。
俺の視線はすぐに植木へと向けられる。
「……ぐすっ」
鼻をすする音。
合間に漏れる高い嗚咽。
極めつけには、木の幹の裏側から少しだけはみ出て見える、ドレスの裾と思われるフリル。
植木の後ろに、誰かいるんだ。
それが誰なのか、ここからではわからない。
「ぐすっ……」
それも、これは泣き声だった。
必死に声を押し殺しているようで、耳にすればするほど胸の奥が痛みを伴っていく。
「……」
出口を探さなければと頭で考えていても、足は自然と声のする方へ向かっていた。
「あの、どうかされましたか……?」
木陰に入り片手を幹に預けながら声をかける。
そこには、膝を抱えた女の子が座っていた。
「っ!」
俺の声に、女の子は勢いよく顔をあげる。
すると狙ったかのように一陣の風が吹いた。
「あ、なた……だれ?」
枝葉の隙間から差し込む日差しが、その姿を照らすように当たっている。
蜂蜜色の艷めく髪と、薄い赤色にもピンク色にも見える、大きく濡れた瞳。
「――」
一瞬、息がしづらくなった。
まるで人形のような出で立ちの少女を、俺は食い入るように見つめる。
この泣き顔には、見覚えがあった。
脳裏に浮かんだのは、クリスティーナお嬢様の顔である。
「あ、あ、あ、あなた一体、どこから来たの!? ここは、あたし専用のシェルターなのに!」
少女はこちらを強く睨みつけ、威嚇の言葉を放つ。
「……っ」
我に返った俺は、少女の身なりの良さから考えられる可能性に、頭から血の気が引くのを感じた。