「失礼致します。お時間をいただきありがとうございます」
クリアに続いて部屋へと入る。
初めに感じたのは、お香のような独特の匂いだった。
「失礼いたします」
俺もクリアにならって頭をさげる。
「おはようございます。クリアくん、そして――ニアくん」
板の軋む音と共に、俺の体に影がかかる。
顔をあげると、そこには笑顔を浮かべる一人の男性がいた。
「はじめまして。まずは自己紹介をいたしましょう。私はバートル・キャリバン。エムロイディーテ侯爵家にて執事長の任を務めております」
長髪を後ろでひとまとめにしたバートル様の第一印象は、クリアに聞かされていたとおりの「温和」な方だった。
目じりがさがった糸目に、物腰柔らかなたたずまい。
右手を胸の中心に添え、左足を後ろにずらした動作は、使用人として相手に礼儀を示す最上の挨拶だ。
「クリスティーナ・エムロイディーテ様の従者、ニアと申します」
俺も同じような体勢をとり挨拶を返す。
これも事前にクリアから仕込まれていた作法である。
「……とても礼儀正しい子ですね、クリアくん」
ほんのりとまぶたを開いたバートル様は、クリアにそう言った。
どうやら初対面の挨拶作法は問題なく突破できたらしい。
「ランドゥン。あなたも挨拶をなさったらどうですか?」
「……」
バートル様が振り返った先には、椅子に深く腰掛けた男性がいる。
彼はバートル様の声に反応すると、じっとりと俺に視線をよこした。
「……ランドゥン・イーサだ」
それだけを口にしたランドゥン様は、再び無言を貫く。
こちらもクリアが言っていたとおり「無口」を体現したような人物だった。
「よろしくお願いいたします、ランドゥン様」
「……」
俺はバートル様のときと同じように挨拶の作法をとる。
しかしランドゥン様はそれを横目に見るだけで、それ以外の反応を示すことはなかった。
エムロイディーテ侯爵家の金庫番と使用人トップの二人。
驚いたのは、どちらも思っていたより年若い男性ということだった。
厳格そうな面持ちのランドゥン様と、絵画の中の人のように美しい顔立ちのバートル様。
まるで正反対のようでいて、二人が並ぶと妙にしっくりくる。
「不慣れなことも多いでしょうが、しっかり役目を全うしてください。……あなたの働きに期待していますよ」
「はい、ありがとうございます。精一杯頑張りたいと思います」
クリアのレクチャーのおかげか、特に問題なくツートップ様へのご挨拶は終わったのだった。