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「え、ニアって貴族だったんだ? それなのに魔法が全く使えなかったと」

 話すことにもだいぶ慣れた頃、俺は先ほどの疑問をシャルに訊いてみた。

「貴族だったっていうか……元貴族だけど。俺を引き取った義父母には魔法を発現することもできないし、利用価値がないってことで奴隷として売られた。だから、俺にも魔法が使えるなんて信じられなくて」
「ふーん……そういうこと」

 シャルは俺の話に納得した様子で顎に手を添えた。

「ぼくにもよく分からないんだけどね、ニアの体内に巡る魔力って、少しおかしいんだ」
「おかしい?」

 つい、オウム返しをしてしまう。

「きみの魔力は、まるで産まれたての赤子の魔力みたい。何にも染まっていない、純粋なものを感じる。それに……体の魔力脈も真新しいから、魔力脈だけ言ったら本当に赤ん坊だね」

 魔力脈とは、魔力を体の各所に送るための通路菅だ。
 この魔力脈がなければ魔法を出現させる際の魔力が上手く起こせず、魔法を使うことも不可能になる。

 俺にはその魔力脈がなかった。
 だから魔法を使えなかったわけだが、シャルが言うには俺にもあるらしい。
 正確に言うなら……最近になって表れたのだ。

「魔力脈が体に突然表れるなんて聞いたことないけど、心当たりはあるの?」
「……あるとすれば、主従契約とか」

 クリスティーナお嬢様と主従契約を結んだとき、他の奴隷の契約と俺とでは全く違っていた。
 それは前世の記憶が蘇り、この世界のことを思い出したからだとばかり思っていたが。
 魔力脈も関係していることになるのだろうか。

 そもそもなぜ俺の体に魔力脈が流れるようになったんだ?
 もしかして前世を思い出したことで、制御されていた力が解放されたとかそういう話なのか……。
 いやいや、そんなファンタジーみたいなこと……この世界なら有り得るかもしれないから怖いわ。

「……考えてみたけど、俺にはよく分からないや」
「そっかー。きみが魔法を使える体になったのは喜ばしいことだよね。おめでとう、ニア」
「うーん、ありがとう」

 全然納得できないけれども、普通に話せるようになり、魔法が扱える体になったのだと判明したのは進歩である。

「……ん、なんか急に目が」

 教本をペラペラとめくっていると、眠気が襲ってきた。

「慣れないことして疲れたんじゃないかな。回復してきたとはいえ……きみの体、万全と言うには程遠いし。逆らわずに寝たほうがいいよ。ぼくはここにいるから、おやすみー」
「……ああ、そうなんだ。うん……なら、おやす……み」

 最後のほうの記憶は曖昧だが、ぼやけた視界の先でシャルの体が動物みたいな形に変わっていったような気がした。