小さな冷蔵庫には、意外にも食材が入っている。
 プラスチックのタッパもいくつか並んでおり、彼の家族が作り置きしてくれているのだろうと思った。

「ご家族に連絡はした?」

 もしかして、家族に連絡がつかなくて私にメッセージを送ってきたのでは。
 その予想は、あっけなく外れる。

「しないよ。しても来られないし」
「遠いの?」
「うん。新幹線必須の距離」
「じゃあ、今まで熱出た時とかどうしてたの?」

 冷蔵庫の扉を閉めつつ、キッチンからベッドを振り返って尋ねる。

「去年までは隣町にばあちゃんと一緒に住んでたから」

 仰向けで瞼を閉じながら光樹君が続けて語る。

「でも、ばあちゃんの認知症が進行して父さんたちの家に近い施設に入ることになった。で、家も売る流れになって、俺は一人暮らしになったってわけ」

それから熱を出したのは初めてらしい。

「ご両親と一緒に暮らせないの?」

 確か、春明が亡くなった時は家族四人で暮らしていたはずだ。
 事情があり、光樹君はお祖母さんと暮らしていたのかもしれないが、学生なら両親と一緒に引っ越すのが普通だろう。
 転校したくないなどの理由が一番ありそうだと考えていたら、光樹君はぼんやりと天井を見つめながらポツリポツリと話し始める。

「俺がばあちゃんちに預けられたのは父さんの転勤がきっかけ。理由は、俺の環境が変わるのは可哀そうってやつなんだけど、それは建前」

 そこで光樹君は一旦深く息を吐き、沈痛な面持ちでゆっくりと瞼を閉じた。

「本当は、兄貴を溺愛してた母さんが、兄貴に似ている俺を見ると辛いからなんだ」

 語られたのは、痛ましいもの。

 春明のお母さんも苦しんでいる。
 お腹を痛めて生んだ愛する息子に先立たれたのだ。
 その喪失感や苦痛は、私よりもずっと深いはず。
 絶望に目の前が真っ暗になっていくあの感覚を、春明のお母さんもまだ忘れられないのかもしれない。
 それに、似ているから辛いと感じる気持ちは私にもよくわかる。

 だが、あれから四年。
 遠ざけるにしても少し長い気がする。
 光樹君も息子なのに。