「名前、決めましたか?」

夏。あれからもう3ヶ月以上が過ぎた。恵実は実家近くの産婦人科に入院していていた。

娘が生まれたのだ。
その報告を、三人の娘たちにした。そう、あの三人。『ブラック時計』を付けた仲間たち。今ではもう、妹や娘のように感じているから、人の縁って不思議なものだ。

「ええ、決めたわ」

そよそよと、開け放たれた窓のカーテンが風で揺れている。里穂と加奈は学校の定期テストが終わったのだと満面の笑みで病室を訪れた。大学生の彩夏はまだ試験が終わっていないらしいが、二人と予定を合わせて来てくれていた。

「へえ、教えてください!」

加奈がきらきらした表情で恵実に迫る。彼女の腕の中で細く目を開ける小さな命が手をわずかに動かしている。
生まれたばかりの赤ん坊を見るのが皆初めてなのだろうと、微笑ましい気持ちで恵実は答えた。

(つなぐ)

この子が、自分の命と昴の命、それからここにいる皆の縁を繋いでくれた気がして。
恵実は、我が子にぴったりな名前を見つけたと喜んだ。

「うわあ、いい名前ですね」

里穂が年頃の女の子らしく、繋のふにふにした頬を撫で、「繋ちゃんこんにちは」と話しかける。

「昴さんに、報告しないとですね」

あの日、恵実が自らの命を断とうとした時、一番に自分のことを考えて引き止めてくれた彩夏。昴の大切な想いを伝えてくれた彼女に、恵実は頭が上がらない。

「ええ。本当に、ありがとう。いま私、とっても幸せだわ」

この命は、いつか必ず尽きて終わりが来る。
全員の頭にその思いはあって、だからこそ、いまを生きているのだ。
病室に吹き込むそよ風が全員の髪の毛を揺らす。まばらに鳴き始めた蝉の声すら耳に心地よい。
 
右目の端から左目の端。
視界の中に並ぶ、娘たちの嬉しそうな表情を見て恵実はもう確信していた。
 
彼女の真ん中で、昴はずっと生きている。


【終わり】