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「っ……」
ずきん、と頭部に軽い痛みを覚えて彩夏は目を覚ました。
時計を見ると、午後4時を回っていた。朝起きてからずっと眠っていたようだ。
「さっきの、夢……?」
桜庭書房で昴に会う夢。最近ずっと恵実さんのことを考えていたから、夢で彼らが出てきてもおかしくはない。

でも、あれは夢ではない気がした。
夢ではなくて、実際に彩夏自身が経験したことではなかったか。

先程よりもだいぶすっきりとした頭が、忘れてしまっていた記憶を呼び起こすのには丁度良かった。
「確かあれは……」

昨年の8月の終わり。
彩夏がいつものようになんとなく読みたい本を探して桜庭書房を訪れると、店長の恵実がおらず、お店にはアルバイトらしき男の子がいた。最近は見ないから、多分もう辞めてしまったのだろう。

店内で様々なジャンルの本棚を見ていると男の人の声がして、彩夏は振り返る。そこにいたのが昴だった。
恵実と昴は一時期喧嘩をしていたのか、昴をお店で見かけることもほとんどなくなっていた。それが、その日に限っては顔を合わせることができた。
昴は彩夏に、「別の女の人と会う」と言っていた。それは、「大切な人を守るために」だとも。

恵実の余命。
昴が『ブラック時計』で見ていたもの。
その二つを掛け合わせることで見えてくる真実。
時間がない。
恵実があと23時間しかないと言っていたのが、昨日の午後6時。ということは、今日の午後5時に何かが起こる。あと、1時間もない。恵実さんの言う通り、彼女の命の灯火が消えるかもしれない———。
 
彩夏は、完全には回復していない身体を動かして着替えを済まし、財布とスマホだけを手にして家を飛び出した。外は雨が降っていたのだが、傘をさす余裕がなかった。
「恵実さん!」
時間がない。
早く恵実を見つけなければ。
「もしもし、市川さん!?」
雨に打たれながら彩夏は市川に電話をかける。
『彩夏さんですか? 良かった、先程LINEしたのですが、つながらなかったみたいなので』
「ごめんなさい。体調が悪くて寝込んでいました」
『あら、大丈夫ですか?』
「もう大丈夫です。ありがとうございます。それより」
『はい、恵実さんのことですよね。実は店長、今日はシフトが休みでお店に来ていないんです。おうちの人にも訊いてみましたが、買い物に行くと言って出かけたそうです。だから、私にも居場所が分からなくて……。昨日の話、私は正直全てを信じたわけではないのですが、万が一のこともあります。でも今日は一日お店にいなくちゃいけないので、どうしようかと』
「そっか……。分かりました。恵実さんのことはわたしが探します。もし恵実さんがお店に来ることがあれば、また連絡ください」
『はい。店長のこと、どうかよろしくお願いします』
彩夏は市川との通話を切り、それから秋葉里穂と吉原加奈にも連絡を入れた。中高生の彼女らをあまり危険な目に遭わせるわけにはいかないため、「もし街中で見かけたら連絡してほしい」とだけ伝えて。二人ともすぐに了解の返信が来た。
これで、自分にできることは一通りやった。あとは、恵実のことを探すだけだった。