その日の夜、彩夏はついに一睡もすることがてきなかった。
「あたまいたい……」
翌日、3月1日の朝がきた。
起きる、という表現が正しいのか分からないが、彩夏は一度も意識を眠らせることのなかった身体を持ち上げてベッドから立ち上がろうとした。
瞬間、ぐわんと視界が揺れその場にへたり込む。
「何これ……」
これまで経験したことのないような頭痛が彼女の身を襲った。
「たた……」
気分が悪い。熱い。頭痛い。
間違いなく、発熱している。
「どうしよう」
今日、ベッドから出られないと思うと、いても立ってもいられなかった。自分の身体はどうなってもいいから、今日だけは行かせて欲しい。恵実のもとへ。
そう思うのに、彼女の身体は動かない。立ち上がることができない。
「なんでっ」
ゴロン、と力なく項垂れてベッドに身体を預けた。ふかふかとした感触に、このまま深い眠りに落ちてしまいたいと思う。昨晩少しも眠っていない彩夏にとって、熱に浮かされた身体で起き上がるということ自体、無理難題だった。
「めぐみさん……」
意識が途切れないように、必死に恵実のことを考える。ここ数日ずっとそうしたように、彼女を救う方法を、どんなに絶望的でも彼女に笑ってもらう方法を。
何か、どこかに、ある、はず———。

   *
 
「彩夏ちゃん、ちょっといいかい」
「昴さん。どうしたんです」
「いち女性の意見として聞きたいことがあるんだけれど」
「恵実さんのことですか?」
「はは、バレたか」
「分かりますよ。それで、何でしょうか」
「大切な人を守るために、男がその人とは別の女性と何度もこっそり会っているのを知ったら、彩夏ちゃんなら怒る?」
「なんですかそれ。浮気でもするつもりですか。それならダメですよ」
「ははっ。はっきり言うなあ。でも、言ったじゃないか。“守るため”だって。例えば、そうだね、大切な人が何かの病気かもしれないと思って、看護婦の経験がある人に相談している。それでも?」
「うーん、それならまあ、仕方ないとは思いますけれど。でも、その女の人と会うのを隠しているのなら、怒ってしまうかもしれません」
「まあそうだよね」
「どうしたんです、急に。昴さんらしくないですね」
「いや、ちょっといろいろあってね」
「恵実さんと?」
「まあ、そんなところ。彩夏ちゃん、このことは彼女には内緒にしておいてね」
「言われなくても、内緒です」