◆◇
その時計は、昔からこの店においてあるちょっと変わった時計で。着けると“何か”が見えるようになると言われています。
翌朝、左腕につけた「ブラック時計」を見ながら、昨日の桜庭書房でのことを思い出していた。
あの、レトロな店内に一人佇む店長は、にこりともせず、淡々と『ブラック時計』の秘密を語ってくれた。あんな老舗の書店で、しかもどこか人間味の失せた人が話すことなので、演出としてはバッチリってとこかな。
正直、店長の芦田さんの言うことは九割型信じていない。
でも、もし彼女の言うことが現実に起こり得るというなら、あたしは何を「見たい」だろうか。
2学期の中間考査が終わった教室は、テストが終わった開放感からか、少し騒がしい。
「おはよ」
自分の席につくと、左隣の席の種田はぐだーっと机に突っ伏していた。
「朝からお疲れだね」
「久々の朝練だったからね」
「なんだ、体力ないじゃん」
「うるせ」
種田はバスケ部で、3年生が今年の夏に引退してからというもの、これまでより練習に余念がないらしい。
「なんだ、それ」
あたしの左にいるからか、種田は速攻で腕時計の存在に気づいた。まったく、鋭いやつだ。
「時計」
「そんなの、見りゃ分かる」
「それ以上でもそれ以下でもないよ」
「……お前、人と会話する気ある?」
「だって本当にただの時計だもん」
ブラック時計の話などしたところで信じてもらえるわけでもないし(第一私自身信じてない)、これ以上時計のことを聞かれても話すことがなかった。
種田は不服そうに正面を向いてひじを立てた。退屈な授業中に、彼がやる癖だ。
あたしも彼もそれ以上は口を聞かず、朝礼が始まるのを待った。
担任の早川先生が教室にやってきて挨拶。
高校の朝礼は挨拶して連絡事項を伝えればすぐに終わるから楽。
小中学生のときは歌を歌ったり10分間の読書タイムがあったりしたから、面倒だったけれど。
朝礼が終わると、五分休みを挟んですぐに1限目が始まる。
今日の1限目は、古文。
授業が始まる前、皆が何か一生懸命教科書を見ている——あれ、今日なんかあったっけ? 予習? こんなに全員が必死になって休み時間に予習なんて、これまでなかったよね。
「ねえ、種田。今日の古文、なんかあんの?」
他の皆と同じように教科書を開いていた彼にこっそり聞いた。別に、こそこそする必要はなかったのだが、これだけ皆が集中している中でのんきに聞けない……。
「小テストだろ、文法の。この間の授業で言ってたじゃん」
まじで。
涼しい顔をした種田が憎らしい。
「そんなこと、言ってた?」
心の中は動揺しまくっているのだけれど、教室でただ一人慌てふためくのは恥ずかしく、なるべく平静を装う。
「テスト返したあとに、言われた」
「……」
そうか。
昨日までのテスト返却のオンパレードで、あたし、意識を失ってのかも。
だって、帰ってきた古典の点数、自分史上最悪だった。
全ての教科で、史上最悪を叩き出した結果、その後の授業中、「嫌なことを忘れる」という自己防衛に陥ったのだ。
なーんだ、そんなことか。
……と、開き直れたらどんなに良かっただろう。
残念ながら昨日の帰り、あまりにひどい中間考査の結果を見て、あたしは参考書を買いに行ったのだ。今日だってちゃんと鞄に入れてきたし、一冊はタダでもらったもの。やらないわけにはいかない。
勉強、苦手なりに頑張ると決めた。なのに。
小テストの存在を、完全に、忘れていた……。
その時計は、昔からこの店においてあるちょっと変わった時計で。着けると“何か”が見えるようになると言われています。
翌朝、左腕につけた「ブラック時計」を見ながら、昨日の桜庭書房でのことを思い出していた。
あの、レトロな店内に一人佇む店長は、にこりともせず、淡々と『ブラック時計』の秘密を語ってくれた。あんな老舗の書店で、しかもどこか人間味の失せた人が話すことなので、演出としてはバッチリってとこかな。
正直、店長の芦田さんの言うことは九割型信じていない。
でも、もし彼女の言うことが現実に起こり得るというなら、あたしは何を「見たい」だろうか。
2学期の中間考査が終わった教室は、テストが終わった開放感からか、少し騒がしい。
「おはよ」
自分の席につくと、左隣の席の種田はぐだーっと机に突っ伏していた。
「朝からお疲れだね」
「久々の朝練だったからね」
「なんだ、体力ないじゃん」
「うるせ」
種田はバスケ部で、3年生が今年の夏に引退してからというもの、これまでより練習に余念がないらしい。
「なんだ、それ」
あたしの左にいるからか、種田は速攻で腕時計の存在に気づいた。まったく、鋭いやつだ。
「時計」
「そんなの、見りゃ分かる」
「それ以上でもそれ以下でもないよ」
「……お前、人と会話する気ある?」
「だって本当にただの時計だもん」
ブラック時計の話などしたところで信じてもらえるわけでもないし(第一私自身信じてない)、これ以上時計のことを聞かれても話すことがなかった。
種田は不服そうに正面を向いてひじを立てた。退屈な授業中に、彼がやる癖だ。
あたしも彼もそれ以上は口を聞かず、朝礼が始まるのを待った。
担任の早川先生が教室にやってきて挨拶。
高校の朝礼は挨拶して連絡事項を伝えればすぐに終わるから楽。
小中学生のときは歌を歌ったり10分間の読書タイムがあったりしたから、面倒だったけれど。
朝礼が終わると、五分休みを挟んですぐに1限目が始まる。
今日の1限目は、古文。
授業が始まる前、皆が何か一生懸命教科書を見ている——あれ、今日なんかあったっけ? 予習? こんなに全員が必死になって休み時間に予習なんて、これまでなかったよね。
「ねえ、種田。今日の古文、なんかあんの?」
他の皆と同じように教科書を開いていた彼にこっそり聞いた。別に、こそこそする必要はなかったのだが、これだけ皆が集中している中でのんきに聞けない……。
「小テストだろ、文法の。この間の授業で言ってたじゃん」
まじで。
涼しい顔をした種田が憎らしい。
「そんなこと、言ってた?」
心の中は動揺しまくっているのだけれど、教室でただ一人慌てふためくのは恥ずかしく、なるべく平静を装う。
「テスト返したあとに、言われた」
「……」
そうか。
昨日までのテスト返却のオンパレードで、あたし、意識を失ってのかも。
だって、帰ってきた古典の点数、自分史上最悪だった。
全ての教科で、史上最悪を叩き出した結果、その後の授業中、「嫌なことを忘れる」という自己防衛に陥ったのだ。
なーんだ、そんなことか。
……と、開き直れたらどんなに良かっただろう。
残念ながら昨日の帰り、あまりにひどい中間考査の結果を見て、あたしは参考書を買いに行ったのだ。今日だってちゃんと鞄に入れてきたし、一冊はタダでもらったもの。やらないわけにはいかない。
勉強、苦手なりに頑張ると決めた。なのに。
小テストの存在を、完全に、忘れていた……。