芦田さんは、「お願いがある」という時も、硬い表情のまま。
「お願い?」
なんだろう、これ。おかしな本屋。でも、このよく分からない状況を楽しんでいる自分がいた。
「はい。その本を差し上げる代わりに、あなたに試していただきたいことがあるんです」
そう言うと彼女は、一度レジから離れ、店の奥の方に姿を消した。ガサガサ、という音がして、再び現れた彼女は右手に何か握っていた。
黒くて一部きらりと光るそれは、よくある「腕時計」だった。
「こちらを、着けていただきたいのです」
差し出されたその腕時計を見ると、年季ものなのか、ベルトの部分がところどころ剥がれていて、くったりと力尽きた人形のようだった。
しかし電池は切れていないのか、針は普通に動いている。
「これは、腕時計、ですよね」
図らずも日本語を覚えたばかりの小さな子供みたいな口ぶりになってしまう。
「はい、腕時計です」
にこりとも笑わない芦田さんは一問一答式人間なのか、なかなか真意を見せてくれない。
「これをあたしが着けたら、何になるんですか?」
「“何か”が見えるようになります」