すっかり店員のペースに乗せられているはずの男性だったが、どことなく楽しそうに見えるのは、気のせいだろうか。
彼が椅子に座ったのを確認してから、私はさっとレジ裏の部屋に入った。お店の奥には居間があるのだが、その手前に倉庫がある。ここには、本の在庫やら掃除用具やらをしまっているのだが、家族の私物も一部置いてあった。家の中の収納が足りないのと、亡くなった祖父母の物は分けておきたいという両親の意向があったからだ。
返本期限が切れた本が詰まった段ボール、近日返本予定の本たち、今日入荷したけれど、並べきれなかった在庫の数々をかき分けて、壁沿いに設置した衣装箪笥までたどり着く。
「確かここに、あったはず」
祖父母の遺したものはこの箪笥の中に大抵しまってある。もっとも、滅多に触ることがないため、私にとっては完全にブラックボックスだ。
うっかり身体の一部が当たって大切な物が壊れてしまわないように、恐る恐る箪笥の抽斗をあけていく。
1段目と2段目には、祖母が着ていたと思われる着物がしまってあるだけで、目的のものは見当たらなかった。
3段目、細々とした物品が並んでいる中に、一際古い黒色の箱があった。紙製の箱は、手に取るとざらっとした埃の感触がした。
これだ。
明確な根拠があるわけではないが、今手にしている箱の中に、探している物が入っていることが直感で分かった。
薄暗い倉庫の中、そっと箱を開けてみる。
「あったわ」
黒光りするそれを見て、ビンゴだと思った。
箱を持ったまま、散らかした物をさっと片付けて、店内に戻る。
レジカウンターの横で、男性は買ったばかりの本を読んでいた。本を読むのは慣れているのか、もう3分の1ページほど読み進めている。
「大変、お待たせしました」
こちらの気まぐれで待たせてしまうことになって本当に申し訳ないという気持ちを込めて詫びたが、彼は
「いえ、ちょうど第一章を読み終えられたので」
と優しく答えてくれた。
仏のようなお客さんだと思う。もっとも、彼のような物腰柔らかな人物だからこそ、私はこうして探し物に専念できたのだ。
「あの、あなたに見てもらいたいものがあるんです」
祖父母の箪笥の中から見つけてきた黒い箱を彼の前に差し出し、「これなんですけれど」と蓋を開けた。
「これは……似ていますね。というか、同じ?」
私が探していたのは、彼の左腕につけられた時計と酷似した腕時計。黒色で、ベルトの部分はよれている。自分で見つけておいてなんだが、ぱっと見、どちらの時計か区別がつかないくらい似通っていることに驚いた。
「全く同じではないみたいですね。メーカーのところを見ると。でも、それ以外はそっくりですよね」
男性は左腕から腕時計を外して、私の箱の中の時計と見比べた。
「本当だ。確かにメーカーは違います。でも、こんなところで父の形見とそっくりの時計が見られるなんて、偶然でもびっくりしました」
「私もです。お客様の時計を見て、見覚えがあるなって。気になって、探してみたんです。そしたら、やっぱりこれでした。この時計、祖父の時計なんです。祖父も、自分の父親から受け継いだらしいのですが」
「そんなに古いものが? よく、これだけ綺麗に保管されていましたね」
そう。この時計は、私の家で大切に受け継いできた時計だった。
その理由は、単に格好良いからだとか、彼のように曽祖父の形見だから、というわけではない。
この時計には、とある力が備わっているからだ。