レジカウンターの奥には、一人の女性が座って本を読んでいた。
お店の人、一人しかいないじゃん。
小さな店だから、全然不思議じゃないんだけど。
それにしても、店番をしてるのに本なんか読んで、大丈夫なんだろうか。この人、アルバイト……? ぱっと見だけど、30はいってそう。パートの人だろうか。
「あの」
カウンターの目の前まで歩み寄っても一向に顔を上げない店員さん。
恐ろしい集中力。一体何を読んでいるの? 普段全く本を読まないあたしにとっては、彼女が読んでいる本がどんなジャンルの本かさえ分からない。細長くて薄めの本。文字はちっちゃそう。あたしだったら、数分もしないうちに飽きてしまうだろうな。
声をかけてようやく、あたしの存在に気がついたらしいその店員さんは、はっとして「ごめんなさいっ」と慌ててあたしの差し出した参考書を手に取った。
彼女が立ち上がったから、エプロンの胸元に付けられた名札が見えた。
名札には、「芦田」という名前の上に、「店長」という肩書き。
「店長!?」
思わぬ発見をしてしまったあたしは、びっくりして声を上げてしまった。まさか、店長さんだとは思わなかった。
「7560円です」
「……」
「あの……」
しばらく固まっていたあたし、店長が遠慮がちにあたしの顔を覗き込むような格好をして、ようやく我に返る。
「すみません」
お金、お金っと!
財布の中を覗いた。
五千円札一枚と、小銭が数枚。
「あれ?」
足りない。
足りないじゃない!
「あの、どうされました?」
店長は、なかなかお金を払わないあたしを、面倒臭がりもせず見つめている。
もしこの店が行列のできる評判の店だったら、店員さんをイライラさせていたことだろう。
「すみません。お金が足りないみたいで……」
本、一冊返してきます。
と、言おうとした。
言おうとしたんだけど。
あたしが言うよりも先に、「それなら」と店長の芦田さんが口を開いた。
「その本、あげます」
「え?」
どういう意味だろう。脳内で「あげる」という単語を検索し、「渡す」以外の意味を探そうとした。
上げる。
挙げる。
揚げる。
違う。絶対にどれも違う。
ぐるぐると、ない脳みそをフル回転させて必死に言葉を探したけれど、やっぱり彼女の言う「あげる」は一つしかないと分かった。

つまり、本当にくれるんだと。
代金を払わずにもえるのだと。

分かった。けれど、本当にそんなことしていいのか? あげるってことは、芦田さん自身が代金を肩代わりするの? どれだけお金のないあたしからしても、それはとても申し訳ないし、店長がそんなことしていいのかと、若干不安になる。
芦田さんは見るからに無愛想な感じの人で、さっきから少しも真面目な表情を崩さない。それが一層、彼女の真意をくらませた。
「あの……、それって、店長さんがこの本を買ってくださるってことですか……?」
なるべく失礼のないように、下から、下から。
「はい。ただ、一つお願いがあるんです」