わたしが三葉(さんよう)大学のバスケットボールサークルに入ったのは、友達の弥生に誘われたから、という至極単純な理由だった。
高校時代は演劇部に入っていた。
文化部の中ではかなり練習が激しい方で、毎年大会でも上位に入賞するような部だったので、高校時代には部活で青春を味わったといっても過言ではない。
部活の仲間と練習に明け暮れ、休日も仲良しの子と遊んだ。
恋人こそできなかったが、あれはあれで素晴らしい高校生活だったと思う。
じゃあ、大学でも演劇をやるか! と意気込んだかといえば全く逆で、大学生はもっとゆるっと楽しくサークル活動をしてみたかった。
そうだ。練習で厳しい指導を受けてヘトヘトになるんじゃなくて。
「サークル」という言葉が連想させる「薔薇色のキャンパス生活」をマイペースに送ってみたい。
わたしは、他の大勢の学生と同じように、「サークル活動」に大きな夢を抱く1年生だったのだ。
「ねえ、彩夏も一緒に入ろうよ、バスケサークル」
弥生と知り合ったのは、新入生向けのガイダンスでのことだった。
一瀬彩夏と、浦田弥生。
名前順で席が近かったこともあり、さらにまだ知り合いの少ない一年生の初期の頃だったから、お互いに顔を見合わせて自己紹介をした。
それからというもの、何かと二人で行動をすることが多く、同じ授業を受けてみたり、お昼を一緒に食べにいったりした。
慣れない大学生活の中で、一人でも自分を必要としてくれる友人がいるというのは、心強かった。
わたしも、弥生も。
だから、彼女からバスケサークルに入ろうと誘われたときも、少し考えたけれど結局彼女と一緒にいられるならそれでいいやと思って、「うん」と返事をした。
4月20日のことだった。
初めて見学に行った三葉大学のバスケサークルは、大学の体育館ではなく、近所の体育館を借りて練習をしていた。
なんでも、大学の体育館は部活の人が常に利用しているため、サークル活動ごときでは使えないそうだ。
思えば高校でも、グラウンドをどの部活が何時に使うかときちんと決められていた。それと同じなんだろう。
近所の体育館まで、自転車を漕いで10分ぐらい。弥生と並走してたどり着いた体育館は思っていたよりも小ぢんまりとしていて、秘密基地みたいだと思った。
「こんにちは……」
午後6時半。
集合時間と集合場所だけ伝えられていたわたしたちは、緊張しながら体育館の入り口の扉を開け、ロビーまで進んだ。
「こんにちは! 新入生?」
明るい笑顔で迎えてくれたのは、当時2年生だった香奈先輩だった。
「はい、そうです」
「来てくれてありがとう。私は宮下香奈、2年。二人の名前は?」
歯切りの良い口調で自己紹介をする香奈さんの後に、わたしと弥生はお互いに名前を告げた。
「彩夏と弥生ね。さ、こっちこっち」
初対面なのに、突然呼び捨てをされたことにドキッとしながら、わたしは弥生と顔を見合わせる。新入生を迎えるのに手慣れた様子の先輩に、感心した。
「受付のお姉さん」という風貌の香奈さんは、わたしたちを背に、体育館の扉を開けた。

だん!

途端、ボールが床をつく音が、響く。
「おお……」
弥生は、バスケをしている上級生たちの姿を見て、「想像通りだねー」とわたしの方を見た。
でも、わたしは弥生の言葉に、ただ「うん」と薄く返事をすることしかできなかった。
バスケをしている人たちを見るのなんて、それほど珍しいことではない。中学校と高校では、体育の授業で自分自身、プレイだってしていた。
それなのに、どうして。
ダン。
ボールが、跳ねる。
「お、春人、また入れたじゃん」
一歩前で試合を見ていた香奈さんが、感心した様子で言った。
遠くから、綺麗な放物線を描いてゴールの小さな輪の中へと吸い込まれてゆくボール。
スリーポイントシュートを決めた先輩は、「はるとさん」というのか。
どういう字を書くんだろう。
悠人、遥人、晴人。
思いつく限りのありそうな「はると」という名前の漢字を当てはめてみて、分かった。
香奈さんが手にしたスマホの画面。
LINEの連絡先に、「坂本春人」という名前が表示されていた。
春。
自分の名前「彩夏」の夏と、季節の共通点があることが嬉しい。
「彩夏、どうしたの」
隣で、弥生がわたしが見つめる視線の先を追う。香奈さんのスマホの画面。それから、コートの中で汗を拭う坂本春人先輩を。
「ああ、なるほど」
いやに察しのいい弥生が、わたしの顔を見てにやりと笑う。
「香奈先輩」
そのまま、後ろから香奈さんの肩をつんと触った。
「私たち二人とも、サークルに入ります」
「え!」と、わたしが驚く声を上げる前に、香奈さんが「ほんと! ありがとう」と弥生に笑いかけていた。
「彩夏もありがとう。よろしくね」
香奈さんの微笑む顔は、さながら近所のお姉さんのようで、小さい頃、同じマンションに住んでいて一緒に遊んでくれた年上の友達を思い出した。