種田一樹と待ち合わせをしたのは、翌日土曜日の夕方だった。
恋人じゃないクラスメイトの男の子と二人で待ち合わせられる場所といえば、近所の少し大きめの公園。お互いに自転車でやって来た。
「やっほ」
久しぶり、でも、お疲れ様、でもない。
毎日教室で顔を合わせるクラスメイトにはこのぐらいの軽さがちょうどいい。
「おう」
彼も、軽く右手を挙げてあたしたちは「どうする」と互いの顔を見合わせた。
普段、嫌というほど会っているのに、こうしてわざわざ休日に待ち合わせするとなると、彼がいつもの種田一樹じゃないような気がしてきた。
一度意識したとたん、彼の顔を直視するのが恥ずかしい。
種田も同じなのかは分からないけれど、公園で落ち合ったあと、どうするかの予定すら決められない。というか、今日は二人で「話す」以外の約束がなかった。
「今日は、わざわざありがとう」
「いや、俺の方こそ、話したいと思ったから」
どきりと。
心臓が跳ねる。
なに、なんでそんなに今日は素直なの。
つっけんどんな態度をとる種田はどこへいったのか。
それとも、これが「覚悟」というものなんだろうか。
もし彼が今、胸にそれなりの覚悟を秘めているのだとするなら、あたしも逃げちゃ、いけない。
週末の午後5時半の公園には、そろそろ家に帰りましょうと子供の手を引くお母さんたちが数人。
「まだ遊ぶ!」と駄々をこねる子どもたちも。
でも、あたしと種田の間では、彼女たちの声がとても遠く感じた。
「話したいこと、聞いてもいいかな」
これ以上は、待てなかった。
いち早く、彼の口から真実を聞かなければ、あたしはもう耐えられない。
彼は、しばらく言葉を発するのをためらっていたが、あたしが目を逸らそうとしないのに決心がついたのか、「俺さ」と、ついに口を開いた。
「秋葉のこと、好きだ」
飾りなど、どこにもなかった。
あまりにストレートな告白。
単純なひとこと。
それなのに、こんなに、気持ちが振れている。
「あたし、も」
大丈夫。
今ならちゃんと。
彼の顔を見て、言える。
「あたし、種田が好きみたい」
好きな人の気持ちが見たい、と言ったときの彼の心は、ちゃんと自分にあった。
嘘でも冗談でもなく、あたしは彼から真っ直ぐな気持ちを向けられていたのだ。
「良かった」
心底ほっとして、深く息を吐く彼の姿。
それだけで、ここに来るまでに彼がどれだけ緊張していたかが分かった。
「付き合おう」
「うん」
人生で一番、今が恥ずかしい。
だけど一番、愛おしい。
「そういえば、あの時計、もう着けてないんだな」
違いに「好き」を確かめた余韻に浸りながら、彼の方がふとあたしの左腕に気づいた。
「そうそう。あたしにはもう、いらないかなって」
「なんだよ。格好良かったのに」
「え、うそ。初めて見たとき渋い顔してたじゃん」
「あれは、急にシックな時計着けてきたから驚いただけだって」
「そういうもん?」
「そういうもん」
はあ。そうか。ブラック時計、種田は気に入ってたのね。
だったら、返さなきゃ良かったなって、半分後悔。
でも、まあいい。
「あたしにはもう、時計なんていらないんだ」
テストができないなら、自分の力で努力した方が何倍も気持ちがいい。
好きな人の気持ちが知りたいなら、正面からぶつかった方がいい。
当たり前のことに、あたしはようやく気がついたのだから。