教室に入ると同時に、頭上からチャイムの音が降ってきた。
危なかった。
もう少しで遅刻するところだった!
いわずもがな、あたしが教室に到着する頃にはもう、生徒たちが教科書や参考書を一心不乱にめくっていた。
今日の試験科目は現代文、歴史、数学だ。
満遍なくしっかりと暗記力やその場の対応力が求められる教科が混ざっているから大変だ。試験って一日目が一番疲れる。
「里穂、おはよ。遅かったね」
「一緒に勉強しよ〜」
花鈴と真由が「こっちこっち」とあたしを「テスト前最後の足掻きタイム」に誘った。
もうすぐホームルームが始まるけれど、教室中どころ見ても、皆それぞれに教科書やノートを開いている。
「……おはよう」
「おはよう」
隣の席で、今日はさすがに皆と同じように参考書を開く種田と、たった一言挨拶を交わし、あたしは女友達の輪に加わった。
いつもは、あたしも種田もお互いにふざけて勉強に集中するようなキャラじゃないのに、今日ばかりは気まずい気持ちも相まって、妙に真剣だった。
あるいは、真剣なフリをしていただけかもしれない。
担任の早川先生が教室の戸を開けたとたん、友達同士で集まって問題を出し合っていたあたしたちは一斉に自分の席に戻った。
「頑張ろうね」
前回のテストで、そこそこの成績を修めていた真由が、あたしの背中をぽんと押した。
ああ、だめだ。
反射的に、左腕にしっかりと着けたままのブラック時計を触る。今だに自分の手首に馴染まない時計を、ぎゅっと右掌で握った。
1限目、現代文のテストが始まると同時に、お腹の底がきゅうっと締め付けられるように痛かった。
先生の「始め」の合図で一斉にページをめくる音。
あたしも皆と同じように、解答用紙をひっくり返して問題文を見る。
ざっと見た感じ、解けそうな問題と解けなさそうな問題が半々くらい、だろうか。
現代文だから、問題文には当然のことながら、読まなければならない文章がズラリ。
全部授業で習ったこと。初見の文章はない。
けれど、50分間という限られた時間の中では、1秒も無駄にできなかった。
(はあ)
誰にも聞こえないくらいの大きさでため息をつく。
前後左右から、早速聞こえてくる、シャーペンを解答用紙に走らせる音。
どうする。
どうするの、あたし。
「頑張ろうね」と肩を叩く真由と花鈴の顔。
あたしから目を逸らす、種田の気まずそうな顔。
桜庭書房の店長、芦田さんの寂しげな表情。
いろんな人たちの顔が頭の中を巡り巡って、最後に出てきたのは、あたし自身の顔だ。
(あたしは、どうしたいんだろう)
自分の胸に聞いてみる。
問題を解かなければ、と焦る気持ちをよそに、左手首にはめられたブラック時計を見つめる。
この時計がなければ、今ごろ迷わずテストの問題にかじりついていたことだろう。
そして、いつものように赤点スレスレの点数をとっていたかもしれない。
(そうだね)
この迷いが、きっと今のあたしの答えだ。
ふう、と深く息を吸い、あたしはシャーペンを握り直す。
答えは、すぐそこにあった。